生贄の夜。



夫が、死んだ。

もうこの家には、私と梨花だけ。
何を考えているのかわからない、薄気味悪い、娘だけ――。
――いけない。
私まで「オヤシロさま」に振り回されてどうする、
梨花は「オヤシロさま」の生まれ変わりなんかじゃない。
私の娘だ。
明日から、梨花と二人だけの生活が始まるのだ。
娘との関係を少しでもいいものにしていかなくては。
奥の部屋で寝ている姿は本当に愛らしい。
私と夫との大切な娘、今となっては忘れ形見、それなのに――。

……やっぱりこの子を育ててゆく自信がない。一体どう扱ったらいいのか…。
――とりあえず、最近の梨花との会話を思い出して書いてみよう。
そうすれば対応の仕方もわかるかもしれない――。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

某月某日

「――梨花、たまには一緒に出かけましょうよ。」
「いいのです。ボクは行かないのですよ。」

 誰が教えたのか、やけにこまっしゃくれた口調の返事が返ってくる。
 慇懃無礼とはよくいったものだ。この一応丁寧な口調が、余計に気に障る。
 ――いけない。
 私からコミュニケーションをはかろうと話しかけたのだ。
 早々にあきらめてはいけない――。

「たまには欲しいもの何でも買ってあげるわよ?」

 物で釣るようで気がひけるが、相手は子どもなのだ。

「チョコレートもキャンディーも、お店でもらえるのですよ。」

 ――またそんな浅ましいことを……っ!
 
「――梨花。前にも言ったでしょう?お店のものを勝手に持って行ったりしてはいけないのよ。」
「いけなくないのです。みんながボクにくれるのですよ。」

 恥ずかしくてたまらない。顔から火が出そうだった。
 村の老人たちの馬鹿げた信仰のせいだ。…冗談じゃない。

「くれると言っても、本当は売り物なんだから断らなくちゃダメなのよ。」

 もう何度言い聞かせたかわからない常識を、それでも懸命に教え込む。

「ちゃんと断っても「どうぞ食べてくだされ」って言うのですよ。」 

 ――ダメだ。………これ以上話していたら、私の理性が保たない。話を変えよう。

「……そう?じゃあオモチャや漫画はどうかしら?
 興宮には、こっちにないようなものもたくさんあるでしょ?」
「ウチにいると落ち着くのですよ。――オモチャも漫画も、魅ぃがたくさん持ってるのです。」

 ――いちいち可愛くない子ね、私が家にいなければ確かに落ち着くでしょうよ。
 ……平手とともに飛び出そうな言葉を必死で堪えた。

「――じゃ、じゃあ梨花。今夜はカレーにするけど、他にいるものはある?」

 そう、今夜はカレー。
 教えてもいないのにウチで教わったなんてしれっと言ってのけたカレー…。
 今夜は目の前で作ってみせる。とっくに知っていることでもひとつひとつ教えこむ。
 後付けでもいい、本当に教えてしまえば苛立つこともなくなるだろう――。
 ちょうど一食分のルーがあるから、あとは梨花の好みで副食を決めればいい。

「ルーを買わないといけないのです。後で味加減を間違えて、足りなくなるですよ。」

 ――また……また、薄気味悪いことを!

「そ、そう……?ありがとう、そうするわ。」
「さ………、……さん。」
「――え?何?なんて言ったの?」

 ふるふると首を横に振る。……私の空耳だったのか?

「いってらっしゃい。………………。」

 ………?何か言いたげに、じっと私の顔を見る。

「どうしたの梨花?…やっぱり一緒に行く?」
「なんでもないのです。」
「――そう……。じゃあ、行ってくるわね。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

………コミュニケーションにもなりゃしない、一方的に振り回されているだけの会話。
「会話」なんてもんじゃない、ただの話しかけだ。
まあ、とりあえず手を上げることはなかった。暴言を吐くことも我慢できた。
たとえ一方的な話しかけでも、あの子は一応返事をしたじゃないか。
私を拒まなかったじゃないか。
こうやって少しずつ会話を書き留めて、少しずつ交流してゆけばいい。
ちょっとだけ嬉しくなって、もう一度ノートを頭から読み返した。

………………。

………………。

………………。

………………………!?

こうして書き出されて、気付いてしまった。
梨花の台詞だけわかりやすく色を変えて書いていたから、
気付きたくもないことに――気付いてしまった。


 いのです。ボクは行かないのですよ。
 ョコレートもキャンディーも、お店でもらえるのですよ。
 けなくないのです。みんながボクにくれるのですよ。
ち ゃんと断っても「どうぞ食べてくだされ」って言うのですよ。
 チにいると落ち着くのですよ。――オモチャも漫画も、魅ぃがたくさん持ってるのです。
 ーを買わないといけないのです。後で味加減を間違えて、足りなくなるですよ。
 ………、……さん。
 ってらっしゃい。………………。
 んでもないのです。


――――――――っ!!

「――まさか、そんな……っ!」
ノートにはっきりと書き記された拒絶の言葉。
思わず声を荒げた私の背後で畳を踏む音がする…。

「――やっとわかったですか?……つまりそういうことなのですよ。」
「………………っ!!」
いつもと変わらない口調で、梨花が言う。

「ボクは沙都子と一緒に暮らすのです。
  ボクはそれまで一人で暮らすのです。
 ボクはみんなに愛されて守られて、一人でも大丈夫なのですよ。
 だからボクに構わないでくださいです。」

なに?何を言っているのこの子は?
沙都子と一緒?あの北条の娘と?どうしてそんなこと……っ、
――ちょっと待って。

そ れ ま で 一 人 で っ て 、どういうこと?

「―――ね?だから……」
梨花が笑う。けれど、その笑顔は―――――

「無駄なあがきはよした方がいいわよ。」

………………だ、れ?
私の目の前で私を嘲笑うこの少女は―――だれなの。

「さ………、……さん。」

――――え?
あの時の、空耳……?
ごくり。息を飲む。
歪んだ笑みを浮かべる「娘」の口元を凝視して、耳を澄ます。
今度は聞き漏らさない。ひょっとしたら、もしかしたら、
ひとかけらでも「私の娘」の言葉が聞けるかもしれないのだから。


「さよなら、おばさん。」


………………っ!!

だめ……もうだめ。
もう私の娘の梨花はいない。
「アレ」は、オヤシロさまの生まれ変わりだ。
認めたくなかった。信じたくなかった。
けれど認めるしかない。信じるしかない。
―――オヤシロさまの、祟りを。

夫はもういない。
村人は「娘」を妄信している。
私にはもう、味方がいない――。

……祟りを、鎮めなければ。
衣服を整え、遺書を書く。
その間「娘」はあの嫌な笑みを浮かべたまま私を見つめていた。
「早くしなさいよ」とでも言うように。

私が生贄になれば、「娘」が元に戻るという保証はない。
けれど私にはもう他に何もできないから。
だから―――。

お願いです。本当に祟りが存在するのなら、生贄となることで祟りが鎮まるのなら。
どうか「私の娘」をかえしてください。
それだけが、私の望みです―――。







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