ファミリー〜祟殺し編・沙都子救済計画〜詩音編(裏・律子編)


「北条鉄平さん……ですよね。ちょっと一緒に来てもらえませんか?」
「――あぁ?誰ね、あんた?」
沙都子が買出しに出かけ、ちびりちびりやってた俺の元に、制服姿の小娘がやって来た。
もちろん、こんな小娘の理不尽な申し出に応じるつもりはない。
小娘は憮然とした俺の表情を見て軽くため息をつく。
「――私を知らないなんて…ま、仕方ないか。葛っ西ーーーー!」
なにやら楽しげなその言葉は、俺を硬直させるのに充分だった。
―――ぬう。
黒づくめの、サングラスの男・葛西――俺みたいなやくざ者に恐れられているこの男が、
小娘の一声で目の前に現れた。
「………………っ!!」
「詩音さん、犬みたいに呼ぶのは勘弁してください。」
「あははー、ごめんごめん。……おーい、鉄平さーん?起きてるー?」
「う、………あ、」ヤバい。身体が動かねぇ……。
「ま、ちょうどいっか☆葛西ー、車まで運んでちょうだい。」
「お……れを、どうするつもり……、」
「隔離します。このままいくと洒落にならないことになりそうですから。」
ひょいと抱えあげられながらの俺の問いに、小娘はさらりと答える。
「沙都子はね、私の――園崎詩音の妹分なの。
 その沙都子に危害を加えたって意味、わかってますー?」
そのざき、しおん………。あの、園崎組の…っ!?
沙都子は――北条家は、園崎家の敵じゃなかったのか!?
「大人の確執に、私たちは関係ありませんから。――それに私は外れ者ですし。
 …血は繋がってないとはいえ悟史くんの叔父さんですから私も穏やかに接してますけどね、」
車に押し込められる直前、小娘の周りの空気が冷えた――
「これ以上沙都子に何かしたら、本気でワタ流すから。」
ゾクリ……。

――な、なんだこの小娘……っ。
今ものすごく冷たい目で、俺を――

ごくり。
駄目だ、こいつに逆らったら、駄目だ――!

バタン。
後部座席に俺を乗せ、葛西の運転する車が走リ出した。
小娘は助手席からミラー越しに話しかけてくる。
「――私は冷たいだけの情を知らないやくざ者とは違います。
 後で私に泣いて感謝するんじゃないですかぁ?」
ふざけやがって……!
得体の知れない迫力の小娘と葛西に萎縮して何も言い返せない自分が恨めしい――。

大きなマンションの前で車が止まり、身体をほぐされた俺が降ろされる。
どうやらここは興宮らしい。
――ここは自分や葛西、組の人間も住んでるマンションだ。
真っ当に生きてゆくならできるだけの支援はするが、
もし逃げ出したり再び手を汚すようなことがあれば容赦はしない。
悪いことはできないからそのつもりで。
そう淡々と言いながら、封筒と鍵を渡してくる。
「暮らせるだけの家具や衣類はそろってます。冷蔵庫も満タンです。
 仕事に就くまでは光熱費はこちらで持ちます。賃料は不要です、寮みたいなものですから。
 いくつかまともな仕事を紹介しますので、きちんと働いて3人で堅実に暮らすように。」
―――3人で?
「――それじゃ、うるさい小娘は退場しますか。
 ……ま、仲良くしましょうよ。近い将来、親戚になるかもしれないんですから☆」
なにやらきゅんきゅん言いながら去ってゆく小娘と、
最後まで俺に声をかけないままの葛西を尻目に、
俺は鍵に書かれた番号の部屋まで走った。
畜生。ただでさえこんな環境に隔離だなんて滅入るのに、
同居人がいるんじゃム所と同じじゃねぇか…っ!
封筒をポケットに突っ込み、鍵穴に鍵を差し込む。そして、ドアを開けると――


「――おかえり、鉄っちゃん。」
「―――――――――――り、」
俺を裏切ったはずの。
ヤバいヤマに手を出して制裁を受けたはずの。
「律子………っ!!」
死んだはずの。
俺の、大事な女――――!
「鉄っちゃん、ごめん。嫌な思いをさせて本当にごめん。
 死んだのは、私ってことになってるけど違う人なんだ。」
「な、………んだって?」
「『私』が死んだって後で知って驚いたけど、名乗り出ない方がいいって言われたの、園崎に。
 ――あの時死んだ女の人は、園崎の方でも知らないんだって。
 まるで自分たちの仕業のように思われてて不快だから、
 身の安全と引き換えに手元にいるよう言われたんだ。
 もし『私』が生きてるって犯人にわかったら、どんな目に遭うかわからないって…。
 ……もし私があんな酷い目に遭ったらって思うと、怖かったから…。だからここにいたの。」
「………………っ。」
「――鉄っちゃん、………怒ってる?……怒ってるよね、ごめん……」
「ばっ………かやろおっ!!」
マンション中に響き渡るかのような大声で、俺は叫ぶ。
「俺が、どんなに……どれだけ……っ、」
けれどその先はもう声にもならなくて。ただ抱き締めるしかできなかった。
暖かい――確かに生きている律子だ……。

「………………?」
抱き締めた身体は、少しだけふくよかになっていた。
そしていつもの露出の多い服装じゃなく、身体のラインの見えないワンピース…。


『きちんと働いて3人で堅実に暮らすように。』

「――――――――――っ!?」

ま さ か … !?

「あ……気付いちゃった?――うん、今4ヶ月。
 つわりも軽いし、つい気合入れて食べすぎちゃって。」
「りつ、こ……?」
「――うん、鉄っちゃんの………赤ちゃんだよ。
 迷惑だろうからって、しばらく身を隠してるつもりだったんだ。
 そこへあんな事件が起きちゃって――」
「――――――の……」
「………………え?」
「俺、の……子か……?」
ぴと。そっと、お腹に触れる。
俺の――俺と律子の、子どもがいるのか……。
「つわりが軽いのも、食欲があるのも、俺の子どもだからね。
 顔は男でも女でも、お前に似た方がいいわね。」
「鉄っちゃん………」
「出産育児でいろいろ入用になるからな。早く職に就いて稼がないといかんわね。」
「鉄………っちゃん………っ、」
「あーーー、泣くな律子っ。お腹に障るねっ!」
「………ふふ、もう親バカだぁ……。」
「そうだ、こうしちゃいられねえ、さっそく籍を――」
「………無理だよ、鉄っちゃん。」
「あ………………」
そうだ。律子は死んだことになってるのだ。
今の律子は存在が認められていない。戸籍がないのに、籍なんて入れられない――。
「――関係ねぇ!籍なんざなくたって、俺の大事な女と大事な子どもだわね!!」
「鉄っちゃん………あんた、いい男になったね。」
「………よせやい、照れるわね……。」
律子の涙を拭こうとハンカチの入ったポケットを探ると、封筒が入ってた。
「――あ、さっき鍵と一緒にもらって忘れてたんね……。」
やたらふぁんしーな封筒を開けると、中の字もふぁんしーだった。


『園崎詩音よりおせっかいをいくつか。』

『律子さんは身重です。常に労わって、身体を暖かくしてあげること!(頑張ってね、パパ☆)』
『お腹の子どもと母体には栄養が大事。もし食費が工面できない場合はすぐに知らせること!
 私が腕をふるわせていただきます。(これでも料理は得意なんですからね☆)』
『律子さんには指輪のひとつも買ってあげること!(初任給でってのが女心をくすぐるかも☆)』
『もうわかってると思うけど、律子さんには戸籍がありません。
 鉄平さんがちゃんとした職に就いて生活も安定して落ち着いたら、
 律子さんに新しい戸籍と名前を用意することもできます。…合法じゃありませんけどね。
 (でもこれは律子さんの意志を尊重すること。名前が変わるのって、結構辛いですから)』
『病気・怪我・その他心配なことがあったらすぐに詩音までよろしくね☆』


「……ホントに、おせっかいだわね……。」
「――いい子だよ、あの子は。鉄っちゃんと同じで不器用なだけだよ。」


『P.S.生活が落ち着いたら、沙都子のことも考えてあげてくださいね。』


――そうだ、沙都子……。
俺の不安と寂しさと怒りのすべてを、あんな小さい子にぶつけてしまったのだ。
「律子……俺……、」
「うん、聞いてる。……私は怒ってないよ。ただ、可哀想なことをしちゃったね…。」
「ああ………。」
律子の中の生命と同等の生命。
俺は今までそれをなんて粗末にしてきたのだろう……。

「鉄っちゃん。……手紙、書いてみようよ。ハガキでいいからさ。」



叔父が去り、沙都子と梨花が暮らすようになった北条家に、今日も小さな明かりがともる。
「沙都子。鉄平からの定期便なのですよ。……今回は写真入りなのです☆」
にぱ〜☆と笑う梨花から受け取ったハガキには、
お腹の大きくなった律子と、そのお腹に添えられた無骨な手。
そして隅っこに小さく「ごめんな」と。

「叔父様ったら……よっぽど私が怖いんですのねぇ?私の前に顔を出せるのが先か、
 律子さんのお腹の赤ちゃんが出てくるのが先か、いい勝負ですわよー☆」
ハガキの中の叔父に憎まれ口を叩きながら、嬉しそうに沙都子が笑う。

ピンポーン。
「沙っ都子ー。梨花ちゃまー。」
「詩音さんですわー!」
「みぃーーーーーー☆」
ハガキを手に、沙都子も梨花もバタバタと玄関へ走る。
「はろろ〜ん☆今月の『鉄平情報』仕入れてきましたよー!」
「――こちらも定期便なのです☆」
「ご苦労さまでしたわねぇ詩音さん!
 今お茶を入れますから、じっくり叔父様の失敗談を聞かせてくださいませ☆」
「ボクも鉄平のがんばり物語が毎月楽しみなのですよ☆」
「お姉やみんなにも、後で話してあげましょうねー。くっくっ!」
「きっと今月も大受けですわよ〜!」
「抱腹絶倒で悶絶なのです。」

「赤ちゃんが生まれたら、みんなで押しかけちゃいましょー!」
「「おーーーーーーーー!!」」

沙都子も梨花も、そしてみんなも、鉄平を許して、見守っている―――。







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