オニのかくらん。


――夢を見た。
圭ちゃんが目の前にいる。
とても辛そうな表情で、私を見ている。
何か必死で言っているけど、私にはその言葉は届かない。
圭ちゃんの言葉なら、どんなに痛い言葉でも受け止めたいのに。
手を伸ばすと、目の前に見えない壁。
これのせいで聞こえないんだ――。
圭ちゃんは壁に気付いてもいない。いくら叩いてもたわむだけ。
…どうにかして破らなきゃ!
何か使えそうなものは持ってなかったっけ…?
落ち着いて自分を見てみると、――私は何も身に付けていなかった。
……………っ!
慌ててしゃがんで身を隠す。恐る恐る見上げると、
圭ちゃんは私が立っていた位置で視線を固定したままだった。
…なんだ、圭ちゃんにはこっちが見えてないのか…。
それでも圭ちゃんは、私がここにいるとわかっていて、
こうしてずっと何かを叫んでいるのだろう。
……圭ちゃん……。
この壁の中にいれば、「私」は恥ずかしい思いをすることもないし
辛い言葉で傷つかなくて済む。
――でも。
この壁の中にいる限り、本当の「私」を見てもらえない。
不器用な圭ちゃんの、それでも優しい言葉を聞くこともできない――。
………………いやだ。
恥ずかしくてもいい。
傷ついてもいい。
圭ちゃんの言葉が聞きたい。
本当の「私」を見て欲しい――!
立ち上がり、圭ちゃんに視線を合わせ、圭ちゃんを求めて両手を差し出した。
「――圭ちゃんっ!!」
ぱ ち ん … … !
シャボン玉が割れるように、見えない壁がはじけて、消えた――。

「――圭ちゃんっ!!」
「――うわあっ!!」
暖かい感触。圭ちゃんの驚く声。やけにリアルな夢だなあ…。
まあいいや。気持ちいいし、幸せだから、もう少しこのままで…。
「おい魅音っ、……みーおーんーーーっ!!」
「うわぁ……魅ぃちゃんってば大胆だよ……だよっ。」
「――へ?」
ぼんやりとした意識に、レナの声が浸透してゆく。
………………。
暖かい温もりと、レナの声と、涼しい風と、セミの声……。
目を開けると、戸惑う圭ちゃん。はぅはぅ言ってるレナ。
そしていつもの待ち合わせ場所……。
「―――っ!!」
うわあぁああぁぁあああああっ!!
慌てて圭ちゃんから飛び退いた。
「あー、ごめんっ、忘れてっ!…あはは、おじさん寝ぼけてたみたい…っ!」
「魅ぃちゃん、顔赤いよ…?お熱あるのかな……かな?」
からかう口調じゃない。本当に私の身を案じている問いかけだ。
「あー、うん。大丈夫大丈夫!おじさん寝ぼけてたのをいいことに
思わず逆セクハラってヤツ〜?」
「大丈夫なんだね。でも辛かったらちゃんと言うんだよ。
魅ぃちゃん、自分で我慢して抱え込んじゃうんだから。」
「――ん。ありがと、レナ。」
「圭一くんも大丈夫?お顔赤いよ?」
圭ちゃんは塀に手をついて背を向けていた。
「………ったく、朝っぱらからものすごく驚いたぞ。
今日の部活に向けて俺を消耗させようという作戦かっ!?」
「あははー、ごめんごめん。まぁ、今日も勝たせてもらうからよろしくねー。
――さ、行こ行こっ!」
赤い顔を見られないように背を向けて走り出す。
火照った顔に風が当たって気持ちいい――。
ちょっと足はもつれるけど、大丈夫、うん。


カラン、カラーン…。
「――それでは今日はここまでにしましょう。」
退屈な授業もこれで終わり。
苛酷で楽しい部活タイムの始まりのゴングともいえる鐘の音に、
くっつきそうだったまぶたがカッと開かれた。
今日はどんなゲームだろう?
どうも今日は頭が冴えないし、朝あんな目に合わされて動揺しちまったから、
負けないように――いや勝つために、気合い入れていかないとな!
「委員長、――園崎さん?」
――あれ?魅音の号令が聞こえない。
朝も昼間も眠そうにしてたから、まさか爆睡しちまったとか…?
こっそり振り返ると、赤い顔の魅音が虚ろな目で座っていた。
「うーーーー……。」
何やら呻いている。…おいおい、昼はこんなんじゃなかったぞ?
知恵先生の呼びかけに反応しないなんて明らかにおかしい。
「魅音…。おい、魅音っ!」
「――へ?……あ…っ。」
目の焦点が戻る。俺の声にきょとんとしていたが、
あたりを見回し自分のおかれている状況に気付いて、慌てて号令をかけた。
「――あ!き、きりーつ!きよーーつけぇ…っ、
ガタンと勢いよく立ち上がったせいで立ちくらみを起こしたのだろう、
弱々しくフェードアウトした号令に合わせるように、みんなへなへなと席に崩れてしまった。
「――園崎さん、今日は部活は中止にして帰りなさい。いいですねっ?」
聞いているのかいないのか、
魅音はぼんやりと座ったまま虚ろな目で左右に揺れていた――。

「――圭一くん。魅ぃちゃんを送っていってくれないかな?…かな?」
放課後、ぼんやり座ったままの魅音を尻目に、俺はレナと対策を講じていた。
「ああ。…あんな状態の魅音はとても放っとけないよ。」
「今日ね、魅ぃちゃんのお家誰もいないんだよ。
…圭一くん、魅ぃちゃんをみていてくれないかな?――後で夕食作って持って行くから。」
「わかった。…レナも無理するなよ?遅くなると危ないからな。」
「うん。レナは大丈夫だよ。」

「…大丈夫でございますの?」
「魅ぃ、お熱があるのです。」
沙都子と梨花ちゃんが魅音にまとわりついていた。
心配なのはわかるが、くっつくなよ…。
「あー…あははー、だいじょぶだいじょぶ…。」
「全然大丈夫じゃないぞ魅音。…レナが後でメシ作ってきてくれるから、とっとと帰るぞ。」
「圭一くん、お願いね。…レナはいろいろ買い物して帰るから。」
「――私も行きたいのですけど、何人も押しかけたら迷惑ですわね。
…圭一さん、全身で「来るな」って主張してますし。」
「ボクたちにうつったらそれこそ魅ぃが哀しむのです。
頑丈な魅ぃがこんなになるおカゼなのですから、
ちっこいボクたちにうつったら大変なのですよ。沙都子もちゃんと我慢できて偉いのです。」
「ありがとうな沙都子。梨花ちゃん。――レナ、それじゃまた後でな。」
「うん。2人の鞄は後で持って行くからね。」
魅音の手をとり、教室を出る。
さすがに冷やかしの声はない。みんな心配そうに見送ってくれた。
…外は暑い。この日差しのキツさは俺にも辛いくらいだ。
さっさと移動して、熱を下げさせないとな…。
「――ほら、行くぞ魅音。」
「ん――……。」
強引に手を引っ張り、歩く。振動が伝わるせいか、歩くだけでもとても辛そうだ。
「――おい、大丈夫か…?」
「へ?――うん、らいろーぶ…。」
おいおい…。
「…ちっとも大丈夫じゃないぞ。…仕方ねーな…。」
……しょっ、と。
魅音を抱き抱える。いわゆるお姫様抱っことゆーヤツだ。
こんな時じゃなきゃこんな恥ずかしいこと、罰ゲームでもなきゃやれないぞ…。
支えを得て安心したのか、魅音は意識を手放した。
――誰かに見られないうちに、早いとこ家まで運ぼう…。
すっかり寝入ってしまった魅音を抱えて、どうにか家まで運ぶ。
レナはこうなることを見越して鞄を預かっていったのだろう。
施錠の習慣のない雛見沢に、この時ばかりは感謝した。

…大きい屋敷だな…。
ウチとは違う、風格を感じさせる日本家屋。
ギシ、ギシ…。2人ぶんの体重を受けて軋む床の音が響く。
こんな広い屋敷に、夜は婆さんと2人きりなのか…。
しかも今夜は誰もいない。
ウチも両親が留守気味だが、こんな広い家でたった一人なんて、
俺とは比べものにならないくらいに心細いだろう――。
レナの話を頼りにたどり着いた魅音の部屋。
魅音を敷いた布団に寝かせてやる。
「ん…………。」
小さくうめく。熱が高いのだろう、やはり苦しそうだ。
ブラウスとネクタイを緩めてやる。これで少しは楽になったか…?
………………。
制服のまま寝かせて、シワにならないか…?
着替えさせてやった方が…。
―――っ!!
ナニ考えてんだ俺っ!!後でレナに頼めばいいだろうってのっ!!
相手は病人だぞっ!?変に意識するな、クールになれ前原圭一っ!!
…とりあえず、濡れタオルで頭冷やしてやろう。
俺も頭冷やさないとな…。

「ん………っ、」
額に濡れタオルをのせてやると、魅音が小さく声を漏らした。
「圭ちゃん…」
「――ん、起こしちまったか?」
「………………。」
――?静かな呼吸音。
なんだ、寝言か…。
魅音は幸せそうに笑ってる。…どんな夢を見てるんだ?
「圭ちゃん、………き。」
「―――っ!!」
な……っ、なななななななんだってっ!?俺が…俺を……魅音が?
あ………いかん、なんかのぼせてきた…っ。
「――あ、………れ、」
いかん。連日の夜更かしがたたったか?
母さんが貸してくれた推理小説が面白くて夢中になって読んでたからな……。
魅音の寝てる敷布団の白さに引き込まれるように、俺の意識も白くなってゆく…。

「う………っ。」
「圭一くん。……大丈夫?」
――ぴた。
心地よい冷たさが額に触れる。そして優しい声。――レナだ。
そして、見慣れぬ天井。
「あれ、……俺………。」
「起きちゃダメだよ圭一くん。…圭一くんも具合悪かったんだね。――黙ってちゃダメだよ。」
「………悪い。」
――そっか、魅音の看病に来て俺まで倒れちまったのか…。
「――魅音は?」
しー、と口元に指を寄せる。
「大丈夫。眠ってるよ。」
「そっか…。」
魅音は俺の隣で眠っていた。表情が少し穏やかになっている。――よかった。
「圭一くんのお家に寄って着替え持ってきたからね。
お家の人にも話しておいたから、今日は泊まらせてもらうといいよ。
レナもここで二人の看病するからお泊まりだよ。」
「悪いな……ごめん、ありがとう。」
「お友達だもん、当たり前のことだから気にしなくていいんだよ。……だよ。」
「――あ、俺も布団に寝かせてくれたんだ。重かったろ?」
「大丈夫。レナ、これでも力持ちなんだよ。
 …あ、お腹空いたでしょ?今おかゆ温め直すから、ちょっと待っててね。
 食べたらお薬ちゃんと飲むんだよ〜☆」
粉薬を吸飲みのそばに置いて、レナはいそいそと台所へ向かった。
粉薬は正直好きじゃないが、レナの手料理が味わえるんなら、
甘んじて受け入れるさ。

「――う、………ん………。」
隣で魅音が小さくうめく。今度こそ話し声で起こしちまったか…。
「ん……、――け、圭ちゃんっ!?……あ……っ。」
隣にいる俺に驚いて飛び起きふらつく上半身を慌てて支えてやる。
「あ、ありがとう…。」
「――大丈夫か?…今レナがおかゆ温めてるから、食べたら2人で薬飲もうな。」
「2人で?……え?それじゃあ私、圭ちゃんにうつしちゃったの…?」
「あー違う違うっ!…えーとほら、事前にうつらないようにするために
一応飲んでおくんだよっ!念のためっ!」
「そっか…よかったぁ…。――圭ちゃんにもレナにも迷惑かけちゃったね。」
「気にすんな、友達だろ?レナも俺にそう言ってたぞ。」
「ともだち…。うん、そうだね。」
弱々しく笑ったのは熱のせい……だけじゃないよな。
「「………………。」」気まずい沈黙。
「―あ、あのさ魅音。」
「――え?」
「………どんな夢、見てた……?」
「えっ!?……あ、あの……っ、」
「寝言で俺のこと呼んで…その後何て言ったか覚えてるか?」
「――わ、わあぁああぁあぁぁぁぁああああ…っ。」
かあっと顔中茹蛸みたいに赤くなる。きっと俺もそうだろう。
「――俺もだぞ。」
「えっ………。け、圭ちゃん…っ!」
「「……………………っ。」」
熱で潤んだ瞳が妙に女の子らしくて、寝乱れた制服と汗で首筋に貼り付いた髪が
気になって何だか落ち着かない。オマケにここは布団の上で……。
「あーーーと、その、なんだ、……魅音っ。」
「――は、はい……っ!」
「とにかく早く風邪治そうな!治ったら、その…。
レナにお礼のプレゼントを買いに行こう。………2人で、な。」
「圭ちゃん……うん!」
噂をすれば何とやら、廊下を歩く足音が近付いてくる。
「圭一くん。おかゆできたよ。…よかった、魅ぃちゃんも起きたんだね。」
いい匂いとともに、レナがおかゆを持って入ってきた。
レナのことだから、おかゆといっても味気ない病人食なんかじゃない、
とびきり美味しい特効薬に違いない。
「――おう。ありがとな、レナ。」
「わぁ、いい匂い…。レナ、本当にありがとう。」
「これ食べたら、ちゃんと苦いお薬も飲むんだよ。…レナも飲んだんだからね。」
「「はーーーい。」」

レナ特製のおかゆは、やっぱりとびきり美味しかった。
ちゃんと苦い粉薬も飲んで、汗を拭いて着替えた。
……もちろん俺は別の部屋で。
「熱も引いてきたみたい。…でもお薬のおかげだろうから油断しちゃダメ。
暖かくしてちゃんと休もうね。」
「うん。レナも疲れたでしょ。……ありがとうね。」
「おやすみ、レナ。」
「おやすみなさい、圭一くん、魅ぃちゃん。何かあったら遠慮なく起こしてね。」
俺たちが布団に入ったのを確認して、レナはそっと俺たちの布団から離れた。
レナが少し離れた布団に横になったのを見計らって、小さく目を開くと、
豆電球だけの薄明かりの中、魅音も俺を見ていた。
『おやすみ、魅音。』
『おやすみ、圭ちゃん。』
お互いに、こっそりと、繋がった布団の中で足を伸ばし、つま先を重ねる。
どこか触れていると安心する…って小動物みたいだけど。
本当に安心して眠りについた――。


圭ちゃんが、私を呼んで。
圭ちゃんが、私の手を引いて。
圭ちゃんが、私を優しく抱えてくれる。
とても心地よくて、安心できて。
私も素直に圭ちゃんに身をゆだねる。
夢のような、夢じゃなかった、幸せなひととき。

「オニのかくらん、ですね。」
前に風邪で寝込んだ時、詩音に笑われたっけ。
「とても病気しそうには見えないお姉みたいな丈夫な人が、
こんな風に病気になることを言うんですよ。」
もしもこの風邪が、この夢が鬼のせいだったなら。
私はちょっとだけ背中の鬼に感謝するよ。

触れ合う足から「早く元気になれよ。」って、温もりが伝わってくる。
その優しさに包まれて、私は心地よい眠りへ誘われてゆく――。







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