お人形とぬいぐるみ。


人形を、もらえなかった。
圭ちゃんにとって、私は女の子じゃなかったから。
自分でそう振舞っておいて、
本当に男の子扱いされたらへこむなんて情けないけど。
おじさんらしくない、それはわかってる。
――だけど。

「……っく、うえっ……」
本当の私は、こうやって詩音に泣きつくしかできない――。

詩音はレナに釘を刺せと言ったけど、でもそれは違う。
レナはレナであっただけ。
可愛いものが好きと素直に言える女の子であっただけ。
圭ちゃんだって、喜んでくれる子にあげた、ただそれだけ。
悪いのは私なの。
――だから。

「ごめんね詩音、泣きついたりして。詩音はもっと苦しいのに、贅沢だよね。」
「それは気にしないでください。……レナさんに釘を刺すなら早い方がいいですよ。」
「――釘を刺すなら自分に刺すよ。刺されるべきなのは情けない私自身だから。」
「お姉……。――そうですね、その方がいいかもしれません。」
詩音はあっさり引き下がってくれた。
「私も自分のふがいなさをお姉や園崎のせいにしてましたからわかります。
 ――でもそんな風にまわりのせいにしてる間は、ずっと嫌な私のままでした。
 お姉はやっぱり私とは違いますね。双子なのに、不思議です。私に何かできることはありますか?」
「詩音……ありがとう。――それじゃあちょっとお願いしていいかな?」



人形をレナにあげた。
間違ってはいないと思う。
ちょっと悩んだが、レナも喜んでたし魅音だって笑ってた。
……なのに何だが引っ掛かる。
魅音に渡したところでからかわないでよと拒まれることはわかっていても、
それでも魅音に渡した方がよかったのかな……。

「――圭一くん。」
「…………レナ。」
放課後の教室でぼんやりとしていたオレにレナが声をかけてきた。
梨花ちゃんと沙都子は買い物があるからと先に帰ってしまった。
魅音の姿が見当たらない。
……あれ以来魅音はいつも通りだったし、オレの考えすぎだろうか。
「……もう少し、そうやって悩んでいてね。」
「え…………?」 
「圭一くんは悪くないよ。レナももちろん悪くない。でも魅ぃちゃんが悪いわけでもないんだよ。
 悪くはないけど、こうなってしまった理由を誰にも頼らず考えて欲しい。――たとえ答えが出なくても。」
「レナ…………。」
レナはすべてをわかっているのだろうか。
でもその瞳は、答えることを優しく拒絶している。
……そうだよな。
方程式の答えだけ教えられても、解き方を理解できないんじゃ本人のためにならない。
きっとそういうことなのだろう。
レナは優しく笑ってる。

「――魅ぃちゃんね、しばらく部活には出られないって。」 
「え…………?」
オレのせいか?やっぱりオレが悪かったのか?
「――違うよ。人手が足りないからって、仕事の手伝いに呼ばれてるんだって。
 しばらくは部活も参加できないって。だから――ね?」
「そうか……。」
ちょっと安心したが、でも本当にそうだろうか?
「魅ぃちゃんも色々思うところがあるのかもしれないけど、圭一くんは悪くないよ。
 それはレナが保証するから。……嘘じゃないよ?」
「レナ……ありがとうな。」

それから部活のない日が続いたが、通学路や教室で会う魅音はいつも通りだった。
だからオレも、いつも通りに接した。
答えの出ない考えを、頭の中でくりかえしながら。


コツン。…………コツン。

夜、オレは物音で目を覚ます。

コツン。…………コツン。 

窓だ。窓に小石がぶつけられている。
カーテンの隙間から外を見ると――――魅音だ!
オレは物音を立てないように、それでも急いで外に出た。

「――圭ちゃん。遅くにごめんね。」
大きなバッグを手にした魅音が赤い顔で立っていた。
「魅音……どうした?何かあったのか?」
「――あのさ、こないだ圭ちゃんさ、レナに人形あげたでしょ。」
「………………っ、」
ずっと考えていたことをいきなり切り出され、動揺を露にしてしまう。
「圭ちゃんは何も悪くないよ。私がいけないんだ。――でもやっぱりちょっと哀しかったんだ。」
「魅音…………。」
そう言いながらほんのちょっとだけ俯いていたが、思い切ったように顔を上げてオレを見た。
「急には無理だろうけどさ、私も女の子だってこと――少しずつわかって欲しいから。――だからさ圭ちゃん、」
「…………?」
バッグを開け、その中身をオレに差し出す。
「これ……あの人形じゃないか?」
「うん。バイトして手に入れたんだ。さすがに人気商品だからちょっと大変だったけどね。」
バイトするまで欲しかったのか……。
苦労の結晶であろうその人形を、オレの手にそっと持たせる。
「――お、おい、これ……っ!」
「預かっててくれないかな。おじさん頑張るから。少しずつ女の子の部分を開放できるように。
 時間はかかるかもしれないけど、圭ちゃんから見て男の子じゃなくなったら、その時は――」
「――わかった。その時は魅音に渡すよ。」
「圭ちゃん……、」
赤い顔で、瞳を潤ませて。ぎゅうっと腰に巻いた上着を握りしめて。
「………………。」
「…………圭ちゃん?」
「………………ほら。」
ぽす。
「え…………えっ?」
渡されたばかりの人形を、魅音に押し付ける。
「持ってるの、嫌だった?……そうだよね、こんな可愛いお人形、長い間自分の部屋になんて置いておけないよね、
 ごめん…………っ、」
今にも泣きそうな顔で人形を抱き締め必死に謝る。
「――違うよ魅音。返したんじゃない。……渡したんだぞ?」
「へ?あ…………っ、」
ぽん。
魅音の頭に手を置き、そっと撫でながら。
「今の魅音は立派に女の子だからな。」
「ふえ……圭ちゃん……っ、」
「レナも魅音もオレは悪くないって言うけどさ、やっぱりオレも悪いよ。
 ――こんなに女の子な魅音に気付いてやれなかったんだから。」
「けー……ちゃん……っ!」
「わ……っ、」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、人形ごとオレに抱きついてきた。
どうにか平静を保ちながら、魅音が落ち着くまで頭を撫で続けてやった――。

「――落ち着いたか?」
「うん……ごめんね、ありがとう……。」
オレと人形を交互に見ながら、魅音は一歩後ろに下がった。
――ちょっと名残惜しい。
「あのさ、無理に変わらなくてもいいと思うぞ。」
「え…………?」
「だってさ、対等に振舞える男の親友と、こんなに女の子な魅音と、二人分の『魅音』と付き合えるんだぞ。
 これって凄いことじゃないか?」
「あはは……圭ちゃん、凄いポジティブだね。おじさんも見習わなきゃ。」
やっと笑顔を見せてくれた。月明かりに照らされて、涙の跡が光ってる。
「あの月と同じだよ。月はずっと同じ形なのに、満ちたり欠けたりして見える。
 魅音の女の子らしさにオレが気付けなかっただけなんだ。
 どっちも魅力的な魅音の一部だ。……だから無理に変わる必要なんてない。」
「――――ありがとう……。」
我ながらキザったらしい台詞だったが、魅音は嬉しそうに笑ってくれた。
「――ほら、こんな時間に女の子が一人で出歩いちゃ危ないぞ?……送っていくよ。」
「うん……ありがとう、お言葉に甘えるよ。」

魅音を送り届け、オレは再び寝床に入る。
すっかり冷たくなった布団。
さっきの魅音のぬくもりと感触が、なんだか恋しかった――。


――翌日の放課後、オレは犬のぬいぐるみを購入した。
店まで付き合ってくれたみんなはどういう風の吹き回しかと驚いていた。
――まあ当然だろう。
「圭一さんったら、小さな子どもみたいですわー!」
「でもすっごくかぁいいんだよ〜、欲しくなる気持ちわかるんだよっ☆」
「さてはこないだ自分だけ人形もらえなかったから、後から欲しくなっちゃったとかぁ?」
「犬のぬいぐるみくらいだったら、男が持っててもおかしくはないだろ?」
「あれぇ?こないだもらえなかったのは魅ぃちゃんも同じじゃなかったかな?
……ねえ圭一くん?」
「ふえっ?……お、おじさんは後で善郎おじさんからもらったんだよっ?」
「そうだよっ、オレも後から聞いたんだっ!本当だぞっ?」
「魅ぃも圭一も、お顔が赤いのですよ?……にぱ〜☆」
不覚にも動揺しまくってしまったオレと魅音を、レナと梨花ちゃんが嬉しそうに見つめてる。
……勘の鋭いレナと、どこか神秘的な梨花ちゃんには、きっとわかっているのだろう。
「圭一さんも素直にぬいぐるみ好きをお認め遊ばせ〜!」
何も気付いていないままオレのぬいぐるみ好きを冷やかす沙都子が微笑ましかった。

……まあ、さすがにレナも梨花ちゃんも、購入の理由までは気付かないだろう。
「……これで夜も寒くなくてすみますですよ☆」
……ぎくり。
「にぱ〜☆」







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