普通のスペシャル。


2月14日。バレンタインデー。
女たちはチョコの選別や製作に全力を尽くし、
男たちは身だしなみや態度に細心の注意を払いこの日を迎える。

鉄平は共に暮らす愛人である律子から当然もらえるものと思ってた。
あいつのことだから手作りなんて殊勝なもんじゃなく、市販の板チョコ1枚ぽんと手渡してくるだけだろう。
でもそれでも自分はきっとものすごく嬉しいに違いない。

――こんなやくざな男に、世間は冷たかった。
女はモノにするもの。慕われ、愛されるものじゃない。強引にモノにした玉枝とは、結局うまくいかなかった。
愛していたわけでも愛されていたわけでもなかったから。

玉枝のヒステリーにうんざりしていた鉄平は、蝶と出逢った。けばけばしい色の、夜の蝶だった。
「やくざ者には夜の女が似合いってことだわね。」
鉄平に金の匂いを感じて近付いてきたのだろう律子は、彼に金がないとわかっても離れなかった。
「アタシとあんたで組めばいいじゃん。よろしくね鉄っちゃん。」
あっけらかんと笑う律子の、外見とは違うさっぱりした気性は好ましかった。
一緒に暮らすようになり、ささやかな幸せを感じるようになると、
どちらからともなく、やばいヤマに手を出すのはやめよう、ということになった。
これが守りに入るということなのだろうか。
鉄平は水商売ではあるが定職に就き、律子もやや控えめな店に移って真面目に働いている。

少しずつ、真っ当な人間に近付くにつれて、
今まで見ない振りをしてきた「普通のイベント」に焦がれる自分に驚きながらも、
鉄平は律子の帰宅をそわそわしながら待っていた――。

「鉄っちゃーん。ただいまー。」
「――お、おうっ。飯にするか、風呂にするかっ?どっちもちゃんと用意しとるんねっ。」
「あらぁ鉄っちゃん気が利いてるじゃん。んじゃお腹ペコペコだからご飯食べたいな。」
「おうっ、それじゃ飯にするわね!」
いそいそと台所へ行き、鍋のカレーを温めなおす。
……さすがに帰宅一番じゃムードがないわね。夕食を終えて、落ち着いてからくれるに違いないわね――。

「ごちそうさま。ありがと鉄っちゃん。レトルトカレーでも人の料理は嬉しいんだよねえ。」
「これくらいしかできなくて悪いわね……。」
本当に嬉しそうな律子の笑顔にどきまぎしながら、これはいいムードかもしれない、と姿勢を正す鉄平。
………………。
………………。
「……鉄っちゃん。」
「お、おうっ。なんね律子っ。」
「お風呂入ろっか。背中流したげるよ。」
「………お、おう……。頼むわね……。」
まさか風呂場で渡すなんてことはないだろう。まだ0時まで時間はある。風呂に浸かってリラックスしとくわね…。

「――あーー、さっぱりしたっ。いいお湯だったねー。」
「あ、ああ……。」
寝巻きに着替え、寝室に向かう。
これを逃したら、もう渡すタイミングはない。緊張はピークに達し、せっかく流した汗が吹き出てきそうになる。
「――鉄っちゃん。」
「………な、なんね………?」
「明日も仕事だし、もう寝よ?」
「………………お、おう………。」

すやすやと眠りに就いた律子の隣で、鉄平はひたすら壁時計を睨み付けていた。
………15日、午前0時。
時計の針は、無情に特別な日の終わりを告げる。
………………。
なんでだわね。わしは多くを望んではいないはずだわね。板チョコ1枚。わしにはそんな価値もないんね?
なあ、律子………。

翌日はお互い仕事で帰宅が遅くなった。食事をして、風呂に入って。会話らしい会話もしないまま、床に就いた。
鉄平に元気がなかったので、律子もあまり話しかけてこようとしなかった。
だから鉄平も、話しかけることができなかった――。


「………これじゃ、いかんわね。」
16日、夜。
先に帰宅した鉄平は、夕食の用意をしながら決心した。
「悶々と悩むのはわしらしくない。欲しいなら欲しいと言うべきだわね。」
自分が焦がれていた、普通の生活、普通のイベントを、律子と一緒に積み重ねて行きたいと。
………………。
………………。
「ただいまー。」
「おう、おかえり律子。夕食できてるわね。」
赤い顔で、いそいそと居間へ入った律子が、鉄平を手招きしている。
「………律子?」
いぶかしみながら後を追って居間に入ると――。

「……鉄っちゃん。はいコレ。」
片手でぽんと、そっけなく渡された板チョコ1枚。
「………なんね今ごろ。」
ほころぶ口元をごまかすためか、出た言葉はそっけないものだった。
「……ホントはちゃんと14日に渡すつもりだったんだよ。でもさ鉄っちゃんっ。
 アタシみたいな見るからに水商売の女が若い子たちに交じってチョコなんて買えるわけないじゃないっ。
 店の前でずいぶん悩んで、結局引き返してきちゃったんだ。」
「………そうだったんね……。」
――確かに、律子にとってはとても恥ずかしいことに違いない。女の目ってのは、女には厳しいもんだ。
鉄平もその世界にいて、充分承知のはずだったのに不思議なものだ。
「今日もう一度お店に行って、買ってきたんだ。なんでもない普通のチョコだし、手作りでもなんでもないけど、
 アタシらにはそれで充分だと思わない?」
「………それはそうだわね。」
普通のチョコレート。派手な包装も味付けもない、本当に普通のチョコレート。でもその普通さが嬉しかった。
律子がすぅ………と深呼吸。そしてまっすぐに鉄平を見て。
「……あのさ鉄っちゃん。アタシと鉄っちゃんってさ、なーーんとなくで付き合い始めちゃったじゃん?
 ちゃんとした告白もなく。一緒にいられればそれだけで幸せだったけど、
 こういう機会を逃すともうずっと言えないんじゃないかって。………だからね、鉄っちゃん。」
「………なんね?」


「―――好きです。これからも、ずうっと一緒にいてください。」
「…わしも、律子が好きだわね。わしの方こそ、これからもずうっと一緒にいて欲しいわね…。」


2日遅れの、飾り気のないチョコレート。
けれど鉄平には、とびきりのスペシャル――。







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