ファミリー〜皆殺し編・沙都子救済作戦〜梨花編



沙都子がいなくなった。
鉄平が帰ってきたのだ。
このままでは、またあの嫌な運命の繰り返し。
私はまた、大切な友人である家族を失ってしまう。
「――冗談じゃないわ。」
梨花は、喜一郎の家へと走った。
汗でまとわり付く髪の毛がこの嫌な気持ちと焦りを増幅させているようで、
必死に振り払いながら、梨花は走った――。


「喜一郎。沙都子をボクと一緒に引き取って欲しいのです。
 喜一郎が保護者になれば、沙都子は助かるのです……!」
「――梨花ちゃま、それは……、」
喜一郎は梨花の申し出に口ごもる。困ったように視線をそらした。
「喜一郎は沙都子を嫌いですか?ボクの大事な友達を嫌いなのですか?
 いつも悪口を言ってるのです……。」
「――いや、違うよ梨花ちゃま……。」
「お魎に怒られるのが怖いのですか?」
喜一郎の頬を両手でつかみ、視線を捕まえ、その大きな瞳でじっと見つめる。
「――ごめんな、梨花ちゃま。…でもな、それだけじゃないんだよ。」
「………………。」
そっと手を離し、視線をそらす。うつむいたまま、小さく呟いた。
「――みんなも喜一郎と同じだと思うのです。……待っててくださいです。」
「……梨花ちゃま!?」

梨花は走った。雛見沢中を走った。
「おんや、梨花ちゃま!お茶でも飲んでいかんかね?」
いつもお茶をご馳走してくれる老婆が声をかけてきた。
「――ありがとうなのです。……でもそれより、本当の気持ちを教えて欲しいのです。
 北条沙都子を嫌いですか?今でも憎いと思っていますか?」
「梨花ちゃま………っ、」
「――怒ったりしませんです。どうか正直に答えて欲しいのですよ。」
きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないのを確認して、老婆は小声で呟く。
「………私ゃ、あの子が可哀想でならないんよ…。
 だけどあの子を庇うと、村八分になってしまうで…、」
「――ありがとうなのです。にぱ〜☆」

「こんにちはなのです。」
「あんれー、梨花ちゃまでねえかっ。よくまあ、こんなむさ苦しいところへ…。」
「……本当の気持ちを教えて欲しいのです。」

………………。

………………。

………………。

その日の夜。村長宅のインターホンが鳴り響いた。
床につこうとしていた喜一郎が慌てて扉を開けると――。
「――梨花ちゃま!」
「喜一郎………お邪魔しますですよ。」
荒い息でふらふら入ってくる梨花を支え、居間に連れて行く。
冷えた麦茶を飲ませると、少し落ち着いたようだ。
「どうしたんだね、そんなに疲れた様子で――」
「喜一郎……この村には、沙都子を今でも憎んでる人なんてもういないのですよ……。」
畳の上に投げ出された素足は赤く腫れていた。
「――梨花ちゃま、まさか……っ!」
「ひとりひとりにちゃんと確認してきましたです。
 みんな、喜一郎と同じ。他の誰かが沙都子を憎んでると思い込んでいただけなのです…。」
「――それは、本当なのかい……?」
「―――はい。間違いないのですよ。」
たった一人で、村中を駆け回って、全員に確認したというのか……。
「梨花ちゃま、どうして私たちに言ってくれなかったんだい?」
「だって――喜一郎が聞いたら怯えてしまうのです。
 ボク一人だったから、みんな本当の気持ちを教えてくれたのですよ?」
疲れた顔で、それでも嬉しそうに梨花は笑う。
「梨花ちゃま……。」
喜一郎はきゅっと下唇を噛み、そして――。
「梨花ちゃま……今日はウチに泊まってゆくといい。そして明日――
 お魎さんに話をしに行こう。私も一緒に、な。」
「――――ありがとうなのです。」



「――おお梨花ちゃま、どうしたんね?」
通された大広間で上機嫌で迎えたお魎に、開口一番切り出した。
「……お魎は、北条沙都子を嫌いですか?」
「――――――――。」
お魎の眉がぴくりと動く。周りの重鎮たちはそれに合わせて姿勢を正した。
「沙都子の両親は確かにダム建設に賛成していたのです。それを怒るのはわかるのです。
 ――ボクの父親も、どっちつかずでお魎やみんなに嫌な思いをさせたのです。
 でも――お魎はボクを憎まなかった。でも――沙都子は憎むのですか?
 ボクが、オヤシロさまの生まれ変わりだから――そうなのですか?」
「なんね、そったらこと、……梨花ちゃまは梨花ちゃまだぁ!!」
「………ありがとうなのです。」
「……梨花ちゃまの言いたいことは、つまりこういうことだね。
 『なら、沙都子も北条家の子どもじゃない、「沙都子」として認めて欲しい』と。」
「―――茜。」
梨花も茜も、お魎を見る。………お魎は答えない。
「………やっぱり、無理ですか?
 喜一郎も村の人たちも、もう誰一人沙都子を憎んでなんかいないのです。」
「――梨花ちゃま。婆さまもね、本当はもう憎んでなんかいないんだよ。
 でもね、こっちにも引き際ってものがある。梨花ちゃまならわかるだろう?」
「――その間に、沙都子が壊れてしまっても――かまわないのですか。」
うつむいていた梨花が、きっと顔を上げた。
その表情は今まで見せたことのない強い意志を露にしていた――。

「――なら、私は喜一郎の保護はいらない、法に守られなくてもいい、
 沙都子と同じになる、今からでもダムに賛成するっ!!」
「――な、んな、すったらんこと……っ!」
「り、梨花ちゃま、私の保護がいらないって、そんな無茶な……っ!」
「喜一郎には関係ない、もう縁は切った、だからお前は帰れ!
 ――さあお魎、茜、私をどうする?
 あんたたちがちょっと憂慮すれば、私はたちまち村八分。
 私を拝んでいた村人も、冷たい目で蔑むようになる。――でもそれで構わない。
 だって――それは今まで沙都子が受けてきた、
  私が今まで見ないふりをしていた苦しみだから。」
「梨花ちゃま……。」
「――ほぉ、言うねぇ梨花ちゃま。
 けどそんなことはさせない、ここからあんたを帰さないと言ったら――?」
「――また園崎式拷問?構やしないわ。どんなことをされるのかも、その痛みも充分知ってる。
 でもそんなことをしたら、あんたたちは鬼以下になるのよ。
 私が死ねば、沙都子の心もきっと死ぬ。私と沙都子と、2人も殺すんだものね。」
「はー……よくそこまで言えたもんだね。婆さま、どうする?」
お魎は何も言わなかった。
「………………。」
梨花はため息をひとつ吐き、ポケットからナイフを取り出した。
光る刃に、茜も周りの重鎮も一斉に身構える。
「――慌てないで。別に誰も刺しゃしないわ。こんな子どもにそんなことできやしないでしょ?
 ……あんたたちは「けじめ」がないと動けないのよね?暴言を吐いたとは思っているのよ。」
茜とお魎を見据え、梨花は自らその刃を――。

「梨花ちゃまっ!!」

ざくっ……。

………ばさ。

畳の上に、梨花の命――髪の毛がちらばった。
「梨花ちゃま、なんてこと……っ!」
「――それがあんたのけじめのつけかたかい。」
「それで足りないなら爪でもいいわ。両手足で20枚――それでも不足?」
「――――ふっ、あっははははははは……っ。」
茜が、重鎮たちの構えを解かせる。
「やるねぇ梨花ちゃま。魅音や詩音なんかよりよっぽど度胸があるわ!」
「――お魎さん。」
喜一郎の力強い声。その手には梨花の髪の毛がそっとつかまれていた。
「こんな小さな子がここまでできたんだ。老い先短いわれわれ老人に何を恐れるものがある?
 ここでお魎さんが主旨を変えたところで、示しがつかないなんてことはない、
 むしろ英断だと褒め称えることだろう。だから――」
「―――茜。」
お魎が手招きし、呼び寄せた茜に耳打ちする。
「梨花ちゃん、村長。―――帰っとくんな。」
「そんなっ、お魎さん――」
「――いいのですよ喜一郎。――お邪魔しましたのです。」
おろおろする喜一郎を尻目に、梨花はとことこと園崎家を後にした。
「ああ………梨花ちゃま、あんなに綺麗だった髪の毛を……しかも私の保護はいらんと……」
「――あんたら、ちょっと待ちな!」
門を出たところで、茜が声をかけてきた。
「婆さまから伝言だよ。沙都子と梨花ちゃまの身元は村長に委ねるとさ。
 ――オヤシロさまが突然梨花ちゃまに乗り移って、古い因習を断ち切れとばかりに
 巫女である梨花ちゃまの髪を切ったんじゃ、動かないわけにはいかないってね。」
「―――え?あの、それは……っ。」
「――いいのですよ喜一郎。オトナにはオトナの事情があるのです。
 ボクはオヤシロさまの生まれ変わり。
 今さらどんな伝説が加わったところでなんでもないのです。」
「ホントに梨花ちゃまの度胸はたいしたもんだよ!ウチの舎弟どもも気に入ったようだった。
 ――多分有志でボディーガードが何人も付くと思うよ、覚悟しときな!」
まるで魅音が軽口を叩くように、茜は陽気に笑った。
「――ありがとうなのです。」
「――あ、それからコレね。」
がさ。
渡された新聞紙の包みを開けると、
「――ワカメと昆布ですか?」
「そ。婆さまが早く梨花ちゃまの綺麗な長髪を見たいってさ。
 ――短髪も可愛いけど、婆さまは梨花ちゃまの長髪を気に入ってたからね。」
「わかりましたです。コレを食べて早く髪の毛を伸ばすのですよ☆」
「――鉄平の方はアタシらに任せな。――非道な手段は使わないから安心おし。
 沙都子ちゃんは必ず救い出してあげるよ。」
「にぱ〜☆」

茜に挨拶して、村長と別れて、家へと急ぐ。
沙都子が帰ってきても大丈夫なように、綺麗に片付けをするために。
夕暮れの涼しい風が、襟足を撫でてゆく。
髪を切ったら、心まで軽くなったようだ。
古い因習を――投げやりな思考までも断ち切ったのだ。
「ボクは負けないのですよ。」
そう呟いて、家へと駆け出した――。








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