〜青〜


―――青。
母だった女と、父だという男が最後に見たであろう空の色。
雛見沢の、空の色。
そして――詩音さんの、瞳の色――。

恋というものは、女を鬼に変えてしまう。
母という名の女も、そして仲間という名の女も――。
――母は、私とにーにーのことなど考えもせず、男をとっかえひっかえするような女だった。
「他人」が家の中で父親然として君臨するのは耐えられなかった。
子どもよりも男を選んだ母という名の、女……。



魅音さんがにーにーに好意を抱いていたのはなんとなく気付いてた。
母のせいで敏感になっていたのだと思う。
――だけどそれは本当に淡い、とてもそのために鬼になるようなものに思えなかった。
だから大丈夫だった。――あの時までは。

「助けて……たすけて……、…にぃにぃ…、…にぃにぃ……。」
「あんたが…そんなだから…ッ!!!」
魅音さんが、豹変した。
私に本気で暴力をふるい、怖い顔で罵倒する。
青い瞳が、今までと違う光を放っていた。
痛みに呻き、恐怖に震えながら、私は違和感に包まれていた。

「コレ」は、魅音さんじゃ―――ない。
目の前のこの女のにーにーへの思いは、恋に狂って私たちを捨てた母という名の女と同じだったから。

――翌日、両手をついて謝罪してきた魅音さんは、いつもの通り、淡い想いを自分で持て余す魅音さんだった。
――その違和感の正体は、後日知ることになるのだが。


「――みんな、今まできちんと紹介してなくてごめん。ちょっとワケありで離れて暮らしてる妹の――詩音だよ。」
「不肖の姉がいつもお世話になってます。迷惑ばかりかけてますでしょう?」
「一言多いよ詩音っ。」
「うわぁ……本当に魅ぃちゃんそっくりだよ。……だよっ。」
「おんなじ格好したら沙都子は見分けつかないのですよ☆」
「…………っ。」
「――どうしたの沙都子?」「沙都子ちゃん?」「――沙都子。」
「……うぁぅあぅぁぅ……あぁあぁああああぁぁぁぁぁ…っ!!」
ガクガクと、身体が震える。
この瞳は――そう、あの時の――鬼だ。
恋のために、にーにーのために、私を捨てようとするあの鬼だ――!

「沙都子ちゃん……どうしたの?何もないよ?」
「やっぱり気付いてたんですね沙都子……。」
「――詩音っ。」
「そういうことだったの。……魅ぃらしくないと思ってたのです。」
私はレナさんに抱きしめられ、梨花に頭を撫でられ、
荒い呼吸を必死に整えていた。
「あの時私に暴力をふるったのは詩音さん……あなたですわね。」
「……沙都子……私じゃないって、わかってくれてたんだ……。」
おずおずと差し出される魅音さんの手。私もそれに応えて手を伸ばす。
――――が。
私と魅音さんの間に、詩音さんが割って入ってきた。
「ひぃいぃいいいいいいぃ……っ!!」
「沙都子……っ!」
「詩ぃちゃん、やめて……沙都子ちゃんに近付かないで…!」
「――――詩ぃ。」
―――ぺたん。
私を覆っていた影がなくなる。
顔を上げると、詩音さんが目の前に座り込んでいた。
「……沙都子。」
前髪で隠れていた青い瞳から、涙をぼろぼろと零しながら。
「ごめんね……あんな酷い八つ当たりして、本当にごめんなさい……っ。
 謝ったって許してもらえることじゃないけど、私の話、――聞いてもらえますか…?」
「……………っ。」
包帯の巻かれた詩音さんの左手を、同じように包帯の巻かれた魅音さんの左手が包み込む。
そのせいだろうか、それとも涙で洗い流されてしまったせいか、
詩音さんの瞳から鬼を感じなくなった。青い瞳は、潤んで綺麗に光ってる。

「私――悟史くんが、好き。だから悟史くんを追い詰める沙都子が許せなかった。憎かった。
 でも――それは間違った思いだった。沙都子は悟史くんの大切な妹。
 綿流しの前日に悟史くんに沙都子を託されて気付いたの。
 大好きな人の大切な人を憎むなんて愛じゃない。恋じゃない。」
「詩音………。」
「大切な妹を託してくれた悟史くんの気持ちに応えたい。――たとえそれがただの友情だったとしても、
 私と悟史くんのたったひとつの約束だから。」
「にーにー…が、私を………?だから……だから詩音さんがここに転校してきたんですの?
 私のために……にーにーのために?」
こくり。詩音さんの髪が縦に揺れる。
「私のことを許してくれなくてもそれはいいです。――でも、こうして沙都子の傍にいることだけは許してください。
 それが――悟史くんの、たったひとつの願いだから。」
「にーにー……詩音さん………っ!」
抱きついた詩音さんは、にーにーみたいに、鬼になる前の母みたいに――
――暖かかった。

「ここで一緒に、沙都子と一緒に、悟史くんを待ち続けてもいいですか――?」
「もちろんですわ……いいえむしろ私からお願いします。
 どうか一緒にいてくださいませ……っ!」
「沙都子………さとこぉ……っ。」
抱き合って泣く私たちを、みんなが包み込む。
にーにー……ありがとう。詩音さんに私を託してくれて。
私はひとりじゃない。みんなが――仲間がいる。
私たちは、鬼にはならない――。








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