〜赫〜


私が魅音になってから、魅音として生きるようになってから、
私の中に閉じ込めた、私の心。
私の中の、女の子。

私は魅音。強く凛々しく逞しく、知力体力有効活用。
何でもできる、園崎と刺青を背負った次期頭首。
詩音とは違う。恋なんかしない。可愛い服も、人形も、必要ない―――。

――ダッテ、マタダレカヲスキニナッタラ、マタシオンヲカナシマセル――

歪な爪を、じっと見つめる。この爪先から流れ出ていた赤を思い出せ。
私が誰かを好きになったら、またあんな風に不幸が起きる。相手だって迷惑だろう。
爪だけでも怖いのに、悟史みたいに、鬼隠しに遭ってしまったら――!

……考えたくもない。もうあんな思いはたくさんだ。


「――どうした魅音?」
「うわっ!?……ななななんでもないっ、何でもないよ圭ちゃんっ!!」
あーーー……びっくりしたっ。
「いくら自習中だからって、ボーっとしてたら示しがつかないぞ委員長?」
「うーーーー……圭ちゃんに言われるなんて、おじさん、不覚だなぁ。」
知恵先生が用事で出かけて、今日は自習。
みんなはおしゃべりを交えながらも、比較的真面目に勉強していた。
「お姉ってば……妹として恥ずかしいです。」
「うーーー……詩音にまで、言われた……。」
「でもこの場合においては、詩音さんの方が正しいですわっ。」
「うんうん、お勉強はちゃんとしなくちゃダメなんだよ。」
「みんなに当たり前の事言われてかわいそかわいそなのです。」
「――具合悪いんじゃないよな?」
「――あ、ごめんごめんっ、ホントになんでもないんだよっ。」
「そっか。ならよかった。」
ぽん。頭にそっと置かれる手。
わっ。わっ、わぁああぁあああ………っ!
かああああああああああああっ。
「うわっ、どうした魅音っ!?やっぱり熱でもあるんじゃないのかっ!?」
「魅ぃちゃん、お顔真っ赤だよ〜〜!」
「くすくす……ある意味お熱なのですよ☆」
「………圭一さんって、ほんっとぉおおお〜〜〜に、おニブですわねぇ……。」
ちょっと待って、お願い待ってっ、そんなこと言わないで………っ。
「あー、圭ちゃんっ?お姉は圭ちゃんに触れられるとそーなるんですよ。
 ですから心配は無用です☆」
「………………?」
――――――――ダメだこりゃ。
きょとんとした圭ちゃんを見たみんなの心の声が、こっちにまで伝わってきた――。




「――お姉。圭ちゃんのこと……好きなんですよね?」
「―――――――――っ!!」

昼休み。呼び出された校舎裏で、突然の言葉に硬直してしまった。
「う、………………あっ………ぅ。」
どうしよう、身体が動かない。何かを言わなくちゃと思っても、言葉になってくれない。

ごめん、ごめんなさい……。
魅音を、魅音としての幸せを奪っておいて、悟史を助けることもできなかったくせに、
自分だけ好きな人ができるなんて許されることじゃない。
どうしたって、魂の片割れの詩音には隠せるものじゃないとわかっていても。
ひとつだった私たちに、これ以上違いを作りたくなかったから。
だから隠してた。隠してたつもりだった。
だけど――だめだった。
好きな気持ちはどうしても表に出てしまう。
意思に反して赤くなる自分の頬が恨めしかった。

混乱する私を、詩音は一年前のあの時みたいに怖い顔で見つめ、近付いてくる――
私は覚悟を決めて、瞳を閉じた。

――――ぎゅうっ。
「………………へ?」
「ばかですかお姉はっ……。」
暖かい温もりに瞳を開けると、詩音が私に抱きついていた。
「そうやって、いつも私に遠慮して自分を押し殺して……。
 ――そんなことされても、私、ちっとも嬉しくないのに……っ。」
「しおん………っ、」
「お願いですから……自分を殺して我慢するのはやめてください。
 悟史くんも……沙都子も、お姉も……どうして我慢するんですか……っ!」
「あ………っ!」
「私は遠慮して本当の気持ちも言えないような、そんなちっぽけな存在なんですか…?
 お願いだから、あんな哀しい思いをもう二度とさせないでください……っ!」
詩音のためと、思っていた。
だけどそれは、悟史や沙都子と同じ、間違った思い込みに過ぎなかったんだ――。
詩音の涙が、私の制服を濡らす。
その涙が、私の心をクリアにしてゆく。
「しおん………ごめんね、ありがとぉ………っ。」


私は詩音の頭をそっと撫でる。
一瞬身体を震わせたけど、すぐに身体の力を抜いて、私に身を委ねてくれた。
落ち着いた詩音が、顔を上げる。
泣きはらした赤い目で、ちょっとばつが悪そうな、照れをごまかすようなそんな表情で。
……きっと私も、おんなじ顔してる。

「――お姉はきっと勘違いしてると思いますけど、頭首は人生経験豊富であるべきです。
 人を本気で好きになれないような人間が一族を背負うなんてないですよ。」
「あ………そっかぁ……。」
「まー、圭ちゃんなら園崎相手でも何とかなるんじゃないですかぁ?なんたって、口先の魔術師ですもんね。
 ――あ、でもその前にレナさんに勝たなきゃいけないんですよ?強敵ですよお姉?」
「――くっくっ……園崎魅音を甘く見てもらっちゃ困るよ詩音?この私が負けるわけないでしょ?」

「―――――ぷっ。」
「……ふふ。あははははははは。」
「――うん、何だか吹っ切れた。ありがとう詩音。」
「どういたしまして。私の周りの人間はみんな世話が焼けるんで大変ですよ☆
 悟史くんが帰ってきたら思いきり甘えちゃうつもりですので、アテられないよう覚悟してくださいね☆」
「あはは……悟史取り合って沙都子とケンカしちゃダメだかんね?」
「……………。」
詩音が黙って、私の左手をとる。歪な爪先をそっと指で撫でながら小さく呟く。
「赤………。」
「え?」
「この爪先から、たくさんの血が流れたんでしょうね……。しばらく赤いもの見るたび思い出しませんでした?」
「あ、………うん。」
弱い自分への戒めとして、あの赤さは一生忘れないと思う。
「私は恋のために人を殺そうとしたけど、お姉は恋のために自分を殺そうとしたんですね。
 ――お互い道を誤らないで本当によかったです。」
「詩音………。」
「――さ、教室に戻りましょう。お姉は圭ちゃんゲット、私は沙都子のお守り。……忙しいんですからね☆」
「あはは………うん、行こう!」
ふたり手を取り合って共に走る。
大好きな、大切な人の待つ教室へ――。








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