おんなのこのひ。



「――なあ魅音。……明日ヒマか?」
「――え、ええっ!?」
昼休み、昼食を終えて廊下に出た私に、圭ちゃんがこっそりと話しかけてきた。
「――あ、空いてるよっ!一日中空いてるよっ!たまたまっ、偶然っ!」
本当に何の予定もなかった偶然が夢のようだ。
圭ちゃんの誘いなら、何の予定があったって空けるけどねっ!
「――そうか、よかった。」
嬉しそうに笑う圭ちゃんを見て、私も口元が緩む。
「――で?おじさんに何の用かなぁ?」
「――いや、実は……ウチに来て欲しいんだ。」
――け、けけけけけけけけ圭ちゃんの……家にっ!?
ぽぅ…。
ああ、顔が熱いよっ。きっとすごく赤くなってるよぉ…っ。
「11時に来てくれるか?――待ってるから。」
「うん……うん、わかったよ圭ちゃん…っ。」
カラン、カラーン……。
幸せな時の終わりを告げる無粋な鐘。
ぽ――っとしたまま教室に入る。
もう、その後の授業なんて頭に入らなかった。
放課後の部活は絶好調!おじさん1人で勝ちまくりだった。
――ああ、嬉しいよ、楽しみだよ、ドキドキするよ……っ!
今日の罰ゲームは、おじさんゴキゲンだから簡単なモノにしてあげたけどね☆


――翌日。
悩みに悩んで、今日はいつものジーンズをやめて淡い黄色のワンピースにした。
今日は少しだけ「女の子」。
圭ちゃん、笑わないよね…?

ピンポーン。ドキドキしながらインターホンを押す。
すぐにドアが開き、中から出てきたのは――――。
「――いやあ魅音ちゃん、よく来てくれたねえ!今日はどうもありがとう!」
「――――――へ?」
――笑顔で出迎える中年の、おじさん。
一瞬茫然としてしまったが、その顔には圭ちゃんの面影があったので
お父さんだとすぐにわかった。
「――こ、こんにちは、お邪魔します……っ。あの、圭ちゃ、…圭一くん…は、」
「――お、魅音!来てくれてサンキューな!」
緊張する私の前に、圭ちゃんが笑顔でひょっこり現れた。
……こうして並ぶと、やっぱり似てる。
「圭ちゃん……えっと、今日は…、」
「――昼メシまだだろ?母さんが用意してるから、とりあえず食べながら話すよ。」
「――あ、うん…お言葉に甘えていただくよ。」
「母さん母さん、魅音ちゃんがお着きだぞ〜!」
嬉しそうにキッチンへ入ってゆくお父さんが微笑ましかった。
「――今日は、スカートなんだな。……その、似合ってるよ。」
「…………っ!――あ、ありがとう…。」
思いきって、よかったぁ…っ!

圭ちゃんのご両親はとても明るい方たちで、私を歓迎してくれた。
話し上手で、社交的で……。
村人たちと交流したがらない、閉鎖的な気取った一家――。
そんな誤解は、どうにかして解かせなくちゃね…帰ったら婆っちゃに相談しよう。

――お母さんの手料理はどれも美味しかった。「お母さん」の味だった。
「女の子が欲しかったのよ。」とニコニコしながら私を見てる。…へへ。嬉しいな。

食後のお茶をいただきながら、圭ちゃんに今日の招待の訳を聞く。
「――いや、実は…さ。父さんが外で魅音を見かけてインスピレーションを刺激されたとかで、
ぜひ呼んでくれって言われてさ…、」
「――ええ、そうなんですよ魅音ちゃん!
よかったら私の絵のモデルになってもらいたいんですがどうでしょう?
週1回、ウチに来てもらうだけでいいんですが…。」
「――モ、モデルぅ!?……私が、ですか?」
――あ!そういえば圭ちゃんのお父さんって、エンジェルモートの常連って聞いたけど…。
「……あの、もしかして妹の詩音とお間違えじゃないですか?
あの子ならともかく、私じゃとてもそんな創作意欲は――」
「――いやあなたですよ魅音ちゃん。
 …ジーンズ姿にポニーテールの凛々しい外見とは裏腹に、
その内面には儚げな女性らしさを秘めているあなたです!
1人歩くあなたの瞳は憂いを帯び、艶やかな唇からは切ない溜め息が零れ、
抱きしめたくなるような、けれど触れてはならない神聖な女神のようなあなたに、
こう、どーーーーーーん!とインスピレーションが掻き立てられたんですよ魅音ちゃんっ!!」

――わ、わあああああっ…。
圭ちゃんの前でそんなことを熱弁されて顔から火が出そうだよ…っ。
モデルなんて、そんな柄じゃないけど…。
毎週ここに来て、圭ちゃんに会えるなら。圭ちゃんのお家で、圭ちゃんのご両親に会えるなら。
「――わかりました。私でよければお受けします。」
「――おお、受けてもらえますか!よかったな圭一!」
――――へ?
「――み、魅音っ!!今食べたばっかだし、
 モデルは俺の部屋でちょっと一休みしてからでいいよなっ!?」
「――おう、そうだな。突然でビックリしてるだろうから、ちょっとリラックスさせてあげるといい。」
「――圭一、あとでモデル用の衣裳を持ってゆくから着替えてもらってね。
 …母さんの娘時代の服よ。昔っぽい雰囲気の絵にしたいんですって。」
「うん、わかった。いくぞ魅音。」
「――ごちそうさまでした。お料理、とっても美味しかったです。」
笑顔で見送られながら、2階の圭ちゃんの部屋へゆく。
ちょっと雑然としてるけど、それでも綺麗に片付けられてるのがわかる。
男の子の、部屋だなあ…。
――圭ちゃんの、匂いがする。圭ちゃんの生活する場所なんだなあ…。
床に両足を伸ばして座り込んで、お互い何もしゃべらない。
かといって気まずいわけでもなく、この何もない時間が心地よい……。

コンコン。
どのくらいそうしていたのだろうか。ノックと共に圭ちゃんのお母さんが入ってきた。
「圭一、魅音ちゃんの着替え持ってきたわよ。圭一は出て頂戴。
 ――覗いちゃ駄目ですからね?」
「覗かねーよっ……。」
父さんのところに行ってくるよ、と圭ちゃんは部屋を出て行った。
「――はいこれ。サイズはたぶん大丈夫だと思うわ。」
「あ、はい……お借りしますね。」
広げてみると、ちょっと古めかしいタイプのワンピース。
それでも落ち着いた色合いがとっても綺麗だった。
「わぁ………っ。」
「――ふふ。私の娘時代のものだからさすがに色あせてるけど、雰囲気出るでしょ。
 …廊下にいるから、着替えたら声かけてね。髪の毛結ってあげるから。」
「――あ、はい……。」
さっそく着用。……よかった、サイズもちょうどいいみたい。
お母さんに声をかけると、色々道具の入ったバッグを手に入ってきた。
「――よかった、思った通りよく似合うわ。」
「あ、ありがとうございます…っ。」なんだか照れちゃうな。
「さ、髪の毛結っちゃいましょう。……ふふ、圭一も喜ぶわ。」
私の髪の毛を梳きながら、お母さんが嬉しそうに呟いた。
「――え、圭ちゃ、………圭一くん、が?」
「魅音ちゃん、これ内緒にしてね?
 …実はね、今日魅音ちゃんを呼んだのは父さんじゃないのよ。」
「――へ?……じゃあ………っ。」
「圭一ね、こっちに着てからお友達の話をたくさんするようになったの。
 なんだか圭一との距離が近くなったみたいで嬉しかったんだけど、
 魅音ちゃんの話になると、どうも素直じゃないのよねぇ。」
「………えと、あの、それって……、」
「あいつは美人でスタイルも良くて何でもできるのにそれを鼻にかけないさっぱりした奴で
 一緒にいて気持ちいいけど、制服以外でスカートはいたのって見たことないんだ。
 ホントは女の子らしいのに自分のことおじさんなんて言って……それは似合ってるんだけど、
 なんでかわからないけど女の子であることをガードしてるみたいなんだ。
 女の子らしい格好したら、きっとすごく似合うのに――って。」
圭ちゃん―――!
「それでね、父さんも魅音ちゃんを見かけたことあったから二人で盛り上がっちゃって…。
 『部活』のメンバーがいない時なら、罰ゲームとかじゃなくってモデルの衣裳って名目で
 堂々とスカートをはけるんじゃないかって。
  …でも、私たちのおせっかいは必要なかったわね。」
「――え、えぇっ!?」
「――だって魅音ちゃん。今日はちゃあんと可愛いワンピース着てきたじゃない。」
「………………っ!!」
わっ、うわぁ………っ。どうしよう、顔が熱いよっ…。
「圭一が誘えば、ちゃんと魅音ちゃんは女の子になれるんだものね。
 ……でも、モデルは引き受けて頂戴ね。私たちも毎週魅音ちゃんに会いたいから。」
お母さん………っ。
「………はい。これからよろしくお願いしますっ…。」
「――さ、これでいいわ。……一緒にお父さんの部屋に行って、圭一を驚かせちゃいましょ。」
「………はい!」 
お母さんは優しく笑う。私も赤く染まった頬で笑みを返す。
女同士の秘密の共有が嬉しかった――。







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