ファミリー〜祟殺し編・沙都子救済計画〜鷹野編


「それじゃ先生。今日はこれで失礼しますわ。」
「はい、お疲れ様でした。……富竹さんとデートですか?」
「うふふ。…そんなにロマンチックなものじゃないんですけどね。」
相変わらず考えの読めない笑顔を振りまき(けれど足取りはいつもよりやはり軽く)、
鷹野は入江診療所を後にした。

富竹との待ち合わせ場所まであと少し。
いつものように先に来て、近くを撮影しているに違いない――。
人通りのない道を歩いていると、小さな声が聞こえてきた。
「負けませんの……大丈夫ですの……私は、強いんですのよ……っ。」
そううわ言のように繰り返し呟きながら、両手に大きな買い物袋をいくつも抱え、
よろよろと歩く少女。その足取りは酷く不安定で――。
「わたくしは……わたく、し」
ぱたり。
糸の切れた操り人形のように、少女はその場に崩れ落ちた。
「――沙都子ちゃんっ!?」
慌てて駆け寄る。……大丈夫、息はある。
「ジロウさん、……ジロウさん、来て!!」
「――鷹野さん、もう来てたんだ……沙都子ちゃんっ!?」
ひょっこり顔を出した富竹は、沙都子に気付いて顔面蒼白になった。
「私は沙都子ちゃんを。ジロウさんはその荷物をお願い。
 ――先生に診ていただかなくちゃ。」
「――ああ。……沙都子ちゃん、こんなになるまで…っ。」
鷹野が入江に聞いていたように、圭一や魅音たちに話を聞いていたのだろう。
富竹はすぐに事情を理解し、辛そうに呟いた。
来る時はあんなに近くに感じたのに、と診療所の遠さを恨めしく思いながらひたすら歩く。
「――ジロウさん。タブーを犯したものには祟りがあるのが雛見沢よね?」
「――なんだい、こんな時に…っ。」
いつもはさらりと受け流す富竹も、さすがに鷹野の発言に不快感を露にした。
「沙都子ちゃんの叔父は、沙都子ちゃんを傷つけた。――立派なタブーよね?」
「――鷹野、さん……?」
「最後の一線を越えないうちに、お仕置きをしないといけないわ。
 ……ジロウさん、協力してくれるわね?」
それが当然のような、お願いではない確認の問いかけ。
「――わかった。祭具殿侵入よりは穏やかなんだろうね?」
「そうね。私にとっては……ね。くすくす。」
「じゃあ急ぐよ鷹野さん。早く沙都子ちゃんを休ませてあげなくちゃ。」
「ええ。」

「――本当に、ありがとうございます。
 鷹野さんたちが通りかからなかったら大変なことになってましたよ。
 ……大丈夫。沙都子さんは疲れが溜まっているだけです。――心身ともに、深く。」
沙都子を溺愛しているともいえる入江は、沙都子の痛々しい姿に深くため息を吐いた。
「……何もしてあげられないんでしょうか……。」
きっと圭一たち学校のみんなも同じように思っているだろうに――。
「エネルギーが余りすぎてるのよね。だから虐待なんて出来るのよ。
 そうでなかったら今の沙都子ちゃんみたいに何も出来ないでいるはずだもの。」
「――鷹野、さん……?」
「先生?少しばかり力を貸していただけないかしら?」
職場を共にしているのに、奥の知れない不思議な彼女。
けれど彼女の頭の良さと意志の強さとさりげない優しさは知っている。
「――それが、沙都子さんのためになるのなら。」


「う〜〜〜〜いっとぉ〜〜〜〜!っく!」
久しぶりに街で呑み、上機嫌で家に向かう鉄平。
酒ときたら次は女、かぁ?
律子がいなくなったのはやはり痛い。まあ俺は命があっただけ儲けモンだが。
「さすがに沙都子に手を出すほどケダモノじゃねえけどな………っく!」
年かさにしちゃ発育はいい方だが、オレの好みはこう、ばーんと乳も尻もデカい…。
「お兄さん、ご機嫌ね?……くすくす。」
……そう、ちょうどこんな感じの……。
「―――あン?」
「うふふ。ねえ……少し付き合っていただけないかしら?」
女の、匂い。耳をくすぐる甘い声。――間違いない。確かに生身の女だ。
艶やかな髪を夜風になびかせ、やわらかく微笑む女が、オレを求める。
なんだ、この女は……。
「――大丈夫よ。お金を持ってる相手かどうか見る目はあるつもりよ。
 ……お金なんて要らないの。私が欲しいのは……ね?わかるでしょ?」
訝しげに凝視する鉄平の手を取り、自らの豊満な胸へ導く。
そのやわらかな感触に、目の前の女への疑念は吹っ飛んでしまった。
――美人局でも構やしねえ、そこいらのチンピラなら、刺青見せりゃ一発だろう……。
「うふふ。さ、行きましょ。あそこの車……あのワゴンで、――――ね?」
自らの胸をいいようにしてくる鉄平の手をそのままに、
胸を触らせたまま肩を組ませるように回り込む。
とても自然で、妙に慣れた動作。
やはり商売女だろうか。
まあこんな見た目そのまんまなヤクザ者に声をかけるくらいだから、
そういう種類の女なのだろう。
――それにしてはかなりの上玉で、知的な雰囲気をしているが。
もう何でもいい。とにかく目先の欲望が叶えられるなら。

2人で乗り込んだワゴンの中には、シンプルな寝椅子。窓はカーテンで覆われている。
「ここがおめーの職場かぁ?あン?」
「ええそう。でもこれは出張専用ってとこ……くすくす。
 ――さ、横になって。上半身だけ脱いで待っててね。私はそこで仕事着に着替えるから。」
そう言うと女は衝立の奥に隠れた。
布製の衝立越しに、艶かしいシルエットが映り、衣擦れの音がアクセントを添える。
その絶景を楽しみながら、鉄平は横になった。

がばっ!!
「うわあっ!?」
突然寝椅子から腕が出てきた。逞しい男の腕が2本、鉄平を抱えて離さない。
「ななななんだぁ!?――畜生、やっぱり美人局かよ!?」
物凄い力で締めつけられ、振りほどけない。
酒が入ってるのも、不安定な寝椅子の上なのも災いした。
「静かにしろ。」
背筋が冷たくなるような、男の声。
オレはこの男に恨まれている―――。
なぜかはわからないが、そう直感した。
「うふふ、失礼ね。美人局なんかじゃなくってよ。」
やわらかな天使の笑顔を浮かべた女が、天使の衣裳を身にまとって現れた。
―――白衣の、天使―――。
「――鉄平さん。あなたは血の気が多すぎるようですね。
 …身体に毒ですから、瀉血しましょう。」
「――な、おめーは、入江……っ!?畜生、なんでこんなこと……っ、」
「さあ、どうしてでしょうね。……ご自分の行いを振り返ってみてはいかがです?」
「先生、それじゃあ始めましょうか。……くすくす。」
な……にをするって…?しゃけつ……しゃ血………血?
「まさか、オレの血を……っ!?」
ぎりっ!
慌てて寝椅子から離れようとする俺を逃すまいと、さらに腕が締めつけてくる。
「察しがいいですね。…そう、中世では病気になると血管を切って、
 身体から悪い血を抜くことで治療としていたんです。それが「瀉血」。
 床屋の赤と青のぐるぐる回る看板は、床屋が瀉血をしていた名残です。
 あれは動脈と静脈。……よくできてますよね?」
虫も殺さぬ笑顔で物騒なことをしれっと言う。
「――おや。震えてますね……怖いんですか?
 まあ男性は総じて血に弱いといいますし、見えないように目隠しをして差し上げましょう。」
視界が遮られる寸前、メスを持って正気とは思えない目でにやりと嘲笑う女が、見えた――。
「………………っ!!」
声にならない声で必死に喚き、両腕を振りほどこうともがく。
けれど入江らしき腕に両足まで押さえつけられてしまい、そして――。


スパッ!
「――――――――っ!!」
鋭い痛みが身体中に走る。
………手首を切られたようだ。
「うふふ……くすくす……綺麗な血。これが悪い血だなんて、言われなきゃわからないわね。」
女のやけに嬉しそうな声がオレの神経を逆なでする。
「耳を澄ましてごらんなさい……ほら、聞こえるでしょう?」
………………?
なんだ?何が聞こえるってんだ?
………………?


―――――ぽた。

「………………っ!?」

ぽた。………ぽた。………ぽた。

「聞こえたでしょう?……あなたの悪い血が流れる音よ。
 悪い血と共に、あなたの罪も流れてゆくの。だから安心していいわよ。」

ぽた。……ぽた。……ぽた。……ぽた。……ぽた。……ぽた。

――おい、いつまで流しとくんだ?早く止血……っ。

ぽた。……ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。

「――え、いつまでですって?」

ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。
ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。…ぽた。
ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。
ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。

……なんか音が早くなってないか?

「あなたの悪い血がなくなるまで、よ。」

ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた

「――ひ、ひぃいぃいいいぃぃいいいっっ……っ!!」

「あなたに良い血が残っていればいいのだけれどね。……くすくす。」



「―――う、……ん。」
目が覚めると、オレは路上にいた。
「夢………だったのか……?」
クラクラする頭を抱えながら立ち上がろうとして、手首の包帯に気がついた。
うっすらと、血が滲んでいる。
「………………っ!!」
混乱したオレの脳裏に、あの天使のような悪魔の女が、最後に言った言葉が浮かんだ。
「これでもう、あなたの中に悪い血は残っていないわ。
 これからあなたの身体で作られる新しい血を、大切に…ね。」
オレはヤクザ者だ。嫌われて――憎まれて、当たり前だ。
―――だが。今は違う。
刺青は消せやしないが、血と共に心を入れ替えてやり直すことも出来るんだ。
……なぜだろう。本当に生まれ変わったように心が軽い。
今までの自分がバカみたいだ。
――オレは、やり直せる。沙都子にも謝って、ちゃんとした職について。

……本当に、天使だったのかもしれない……。



「鉄平が変わった」
村中はその話題で持ちきりだった。
相変わらずの強面だが、それでもぎこちない笑顔を必死に作って話しかけてくる姿は
なかなかに可愛いと村の老婦人たちには密かに好評のようだ。
さすがに沙都子とは打ち解けられるまで時間がかかったようだが、
最近では照れくさそうに手をつないで一緒に歩く姿も見られるようになった。

「――あの叔父が単純でよかったわね。自分でもこんなに上手くいくなんて驚きよ。」
昔こういった拷問があったのだと、嬉しそうに説明する鷹野。
「身体の一部をほんの少しだけ傷つけてね、血が流れてるって嘘を吐くの。
 それでね……くすくす。耳元で水の音を聞かせるの。お前の血の音だって。
 ぽた、ぽた、ぽたぽた、ぽたぽた、ぽたぽたぽたぽた……。
 だんだん早くしてゆくとね、それだけでショック死しちゃうのよ。」
入江先生も演技派だったわね、とご機嫌な鷹野に対し、憮然としたままの富竹。
「――ジロウさん?……まだ妬いてるのね?」
「………ああ、妬いてるよ。なにもあんなヤツに胸触らせなくたって……。」
本当にあのまま両腕で締め*してしまう位に、あいつを憎んで妬いたさ。
「ごめんなさいね。それ位しないと信用しそうになかったのよ。」
ふてくされてる富竹の耳元に唇を寄せ、甘く囁く。
「……あとでたっぷり触らせてあげるから、それで帳消し、―――ね?」

ごとん。
富竹のカメラが、硬直した腕から、落ちた。







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