「レナと礼奈と青い空。」 
  


「……私、お父さんとお母さんが離婚する前に住んでた雛見沢に、帰りたい。
 ――もう一度、やり直したい。」
「竜宮……」

帰りたい。もう一度やり直したい。
ここはとても楽しいよ。みんなも優しいよ。
でも、違う。
ここには、――――――――、がいない。
私は罰を、受けてない。

私は、悪い子だった。
何も知らずに、人を傷つけた。
吐かれた嘘を信じて、嘘を嘘と知らずに吐いてしまった。
――――――最低だ。


放課後。ひとりになりたくて足を踏み入れた、シーズンオフのプール。
校舎からは死角のその場所には、三人の男子生徒がいた。
彼らはタバコを吸っていた。
「――ダメだよ、身体に悪いよ。好奇心で吸ってるなら、もうやめて。
 構って欲しい、叱って欲しい相手がいるなら、その人の前でやらなきゃ意味ないよ。
 もし特定の相手がいなくて誰でもいいんなら、私が叱ってあげるから。」
「……なんだよ、お前。チクろうってなら……」
「よ、よしなよ……、」
「やめようぜ。……不味いよこれ。大人ってこんな物が美味しいのかな?」
三人はタバコを踏み消すと、細かくちぎって土中に埋めた。
――――よかった。

三人は特に家や学校で問題があった訳じゃないけれど、なんとなく退屈で、すぐに家に帰るのも嫌で。
こうやって人目につかない場所で他愛のないことを話したり、好奇心で悪いことをしてみたり、
そんな風にして過ごしていたという。
レールをちょっとはみ出そうとしてみただけ。
でもレールを外れてしまったら、車両は脱線してしまう。
今はまだ、少し車体が傾いただけ。
「悪いことは、もうやめよう。退屈なら、一緒におしゃべりしようよ。
 明日クッキー焼いてくるよ。水筒に美味しい紅茶も入れて持ってくる。だから――」
三人は顔を見合わせ、照れくさそうに頭を掻いて、笑った。

――こうして四人で放課後を過ごすようになったある日。
『私だけ笑ってて、いいの?』
もう一人の私が、私の中で囁いた。
『お父さんを不幸にしておいて、自分だけお友達となかよく笑うの?』
「あ…………」
つう、と。涙がひとすじ。
一緒におしゃべりしていたみんながビックリしてハンカチを差し出したり声をかけたりしてくれる。
「……ありがとう。――――じつはね、私――――」
かなりたどたどしかったと思うけど、父と母の離婚のいきさつについて打ち明けてみた。
いきなり泣き出して、こんな嫌な話をしたというのに、三人は黙って聞いてくれた。
――――――ありがとう。
「そっか……お前も大変だったんだな」
「……け、けどさ、それって竜宮は悪くないんじゃないかな?」
「そうだよな?悪いのはそんな小さい子を騙すようなマネをした方だと思う。
 ……竜宮の母親なのに悪く言って、ごめん。」
三人の言葉はとても優しく響いたけど、でも。
「悪いに決まってるよ。自分の娘が妻の浮気相手に懐いてたんだよ?妻と娘と両方に裏切られて、
 お父さんは深く傷ついた。私は許されてなんかいない。許されちゃいけない。」
私の中の私がしゃべり出した。今まで言えなかった言葉が、私の口から私を責める。
「「「竜宮……」」」
拭いても拭いても、涙があふれて止まらない。
「お父さんとどう接したらいいのかわからないの。みんなと一緒にこうしてるのはすごく楽しいの。
 でも、――帰りたい……雛見沢に、帰りたい。」
帰ったところで帳消しになんてならないのはわかってるけど、それでも。
幸せだったあの頃の、あの場所の空気を吸って、青空の下、お父さんと一緒に笑いながら歩きたい。
彼らは何も言えずに立ちつくしている。……当然だろう。
呆れられたかもしれない。せっかく得られた穏やかな時間を台無しにしてしまった。
私の嗚咽だけがしばらく続いた。

「――雛見沢に、帰りてえんだな?」
「…………え?」
「その人の前でやらなきゃ意味ない……って、お前、最初に会った時に言ってたよな?」
「う、うん……。」
「で、でも今のお父さんに雛見沢に帰りたいって言っても多分ダメだと思うよ……。」
「竜宮の父親にとっては離婚前に住んでた場所だ。きっと帰りたがらない。」
「だからちょっと無茶すんだよ。……不良になりゃいいんだ。」
「――――――不良?」
「そうだ。でもタバコはダメだぞ?女の子ならなおさらだ。もちろん喧嘩もだ。」
「こ、校舎のガラスを割る……っていうのはどうかな?これなら誰も傷つかないし。」
「そりゃいいな、一枚ガシャンと派手にやっちまえば親呼び出しだ!」
「なるほど、それで父親の前で思いきり泣いて謝って、お願いするんだな。」
「そ、それだけ竜宮が追い詰められてたんだ……って、お父さんもきっとわかってくれると思う。」
「……でも、そこまでやるのか?竜宮の内申に響くだろ?」
「そしたらオレたちが証言してやるよ。どれだけ竜宮が辛そうだったか言ってやりゃいいんだ。」
「そ、そうだよね!僕たちが『竜宮が毎日辛そうで見ていられなかった』とか言えば、
 きっと色々配慮してくれるはずだよね!」
「竜宮が何をするにしても、俺たちは竜宮の力になる。……お前次第だ。」
「………………。」
私の中の私は、何も言わない。
「――――うん。やってみる。」
「よし、決まりだな!」
「お、思い立ったらすぐ実行だよ竜宮!」

バットをバッグに忍ばせて、みんなで一緒に校舎内へ移動した。
「いいか竜宮。一回だけ思いきりやるんだぞ。」
「オレたちが適当に騒いで盛り上げてやるからな!そしたらまだ残ってる先公どもが駆けつけてくる。」
「は、破片とかで誰かがケガとかしないように、僕たちがさりげなくガードしておくよ。」
「う、うん……頑張る。」
「――じゃあ、思いっきりいけよ!」
「ちゃんと割らなきゃインパクトがないからな。……頑張れ竜宮。」
「うわ、結構重いんだね。…………、」
渡されたバットを手にした途端。
「あ…………っ、」
「どうした竜宮?」
「も、もっと軽いバットの方がよかったかな?」
「何ならオレが代わりにやってやろうか?今なら誰も見てねえだろ……、」
私の中の、私、が――――――。
ブォン……ガシャーン!!
「うわ、すげえなお前!」
「せ、せんせーい!!竜宮さんが大変ですー!!」
「大丈夫か?これから人が集まってくるから、破片には気をつけて――」
「――――足りない。」
ブォン……!!
ガシャン!!ガシャン、パリン!
「うわっ!?おい、竜宮……っ!?」
「一枚だけ?そんなの弁償して終わり。」
ブォン、ガシャン!!
「も、もういいよ、危ないよ竜宮っ!」
「もっともっと壊してやるの。幸せな私なんて許さない……!」
ブォン、ガシャン!!ブォン、ガシャン!!
「竜宮、もうよせ、どうしちまったんだ、お前……っ!」
ブォン、ガシャガシャ、……ダンダンダン!!
「何だ、どうしたこの騒ぎは!」
「きゃああっ!!竜宮さんっ!?」
「ガラスなんかじゃ足りない。私も全部なくさなきゃ。お父さんが全てを失ったみたいに。」
「みんな、逃げろ!逃げるんだ!!」
「りゅ、竜宮っ!!しっかりしてよ、竜宮……っ!!」
「こうなりゃ、腕づくでも……っ!」
「――そう、大切なお友だちも。私にはその資格がないから。」
ブォン……ドガッ!!
「ぐぁあ……っ!!」
「ダメだ、やめるんだ竜宮っ!!」
「りゅ、竜宮……っ!!」
ブォン……!
「せえんぶまっさらの私で。――そうしたら、きっと帰れるよね?……お父さんとも、やり直せるよね?」
雛見沢の、あの青い空を、もう一度。


「それじゃあ圭一くん、また明日ね……たねっ☆」
雛見沢の青空は今日も綺麗。空気もとっても美味しい。
今日は魅ぃちゃんがバイトで部活がお休みだから早い帰宅。
お父さんはまだ会社だし、夕食と明日のお弁当の下ごしらえにたっぷり時間が取れそうだ。
「――――あれ?」
ポストの下の植え込みに、何か落ちてる。
あちこちたらい回しにされたのか、それともずっとここにあったのか、ずいぶん古びた葉書。
『雛見沢 竜宮礼奈様』
……こんな宛先でよく届いたものだ。
変わった名字もこういう時には役立つものだ。
差出人の住所も名前もない。
消印も汚れて判別がつかないし、裏返してみたが、何も書いてない。
綺麗な星空と満月の写真がプリントされた、何の変わりばえもしないポストカード。
「――――……。」
ふと気になって切手を剥がしてみると。
そこには油性ペンで、小さく――

三人とも元気だ
心配はいらない
お前が幸せなら
無記名でいい
青空の葉書を
待ってるからな

「みんな……!」
ごめんね、ごめんなさい……!
いつ書かれたものなんだろう、私はみんなに恐い思いをさせて、酷い怪我までさせて、
そしてそれをなかったことにしてのうのうと生きてきたのに。
私からの謝罪の言葉もなかったのに。
それなのに……!

彼らは私のことについて何も言わなかったらしい。
自分たちの立場が悪くなるだろうことを承知の上で、私のために――。
葉書を傾けると、黒いペンで書かれた文字が反射して読みとれた。
……彼らのうちの一人の住所だ。
もし私がこの葉書を受け取れず他人の手に渡っても怪しまれないようにという配慮だろう。
住所はローマ字で、ロゴのように書かれていた。

「…………っく、泣いちゃダメ、レナ。」
葉書が濡れないように涙をぬぐい、カバンを玄関に置く。
「急いで撮らなきゃ。富竹さんみたいに上手くはできないだろうけど、レナの手で。」
引き出しからカメラを取り出し、外に出る。
「雛見沢の、綺麗な青空を、……みんなに送るよ。」








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