「ありがとう。」 
  


「ごっそーさん!いやー、今日も美味かったわね!」
相変わらず、気持ちいいほどの食べっぷり。
「はい、お粗末さま。……平和だねえ。」
外は暑いけど、吹き込んでくる風はとても心地いいから、熱い茶を入れる。
真っ昼間からこんなにのんびり二人でお茶を飲む。
――本当に、平和だ。

興宮と違って随分のんびりとした雛見沢の生活にも、だいぶ慣れてきた。
興宮だって決して都会とは言えないが、雛見沢に比べたらそれでも全然違う。
あっちは刺激がたくさんあって退屈することはなかったけど、色々神経を擦り減らすようなことが多々あった。
……あの日もそう。
店でちょっとしたトラブルがあって、やっと片付いたのはもう朝だった。
小さな狭いアパートの一室は、なんとも湿っぽい空気だった。
アタシは帰宅早々敷きっぱなしの布団の上に倒れ込む。
後から入ってきた鉄っちゃんも、隣に寝転んだ。
もう化粧落とすのも着替えも起きてからでいいや、めんどくさー……。
……頭も身体も疲れきってるのに、寝付けない。
鉄ちゃんも同じなのか、隣で何度も寝返りを打っている。
そういえば、最近あまり眠れない。鉄っちゃんもそのようだ。
また夕方前には起き出して、夜からの仕事の準備をしなきゃいけないんだ……。
「……なんかもう、疲れちゃった。お金もだいぶ貯まったし、どこか田舎でのんびりしたいなあ。」
「それもいいかもしれんわね。……わしももう、逃げるのに疲れたわね。」
ふと漏らした呟きが、アタシと鉄っちゃんを変えた。
「…………え?」
「ほれ、前に話した兄貴夫婦の。あの雛見沢の家。……今は誰も住んどらん。」
「…………ああ、あの例の……。でも、大丈夫なの……?」
北条家と園崎家、……いや、村全体との確執はアタシも聞いていた。
「そりゃまあ、色々面倒はあるだろうがな、」
背中を向けていた鉄っちゃんが、こっちを向いた。
「それでも、あっちには新鮮な空気がある。綺麗な空がある。
 ここ最近ずっと疲れた顔しとるお前も、きっと元気になれるわね。」
「鉄っちゃん……ありがとう。」
店を辞めるのは厄介かと思ったが、案外そんなに大変じゃなかった。
「二人で雛見沢に帰る」と総支配人に話したら、なぜかとんとん拍子に事が進んで、
普段やりもしない送別会を開かれた上に、餞別までもらってしまった。
「……アタシら、出てってもらえて嬉しい存在だったのかな?」
「――いや、そうじゃないわね。」
雛見沢に向かう車中、少しずつ建物が減ってゆく景色を眺めながらの呟きを否定された。
「総支配人――じゃねえな、もう辞めたから葛西さんだ――がな、
 わしらがあっちで上手くやれるように園崎の頭首に話をつけてくれたらしいわね。
 わしらが悪いことさえしなければ、もう雛見沢で肩身の狭い思いをすることはない。
 ただ、わしは沙都子に酷いことをしたから、ちゃんと謝って仲直りをすることが第一条件だそうだが。」
「総、……葛西さんが?」
あの無愛想で無表情で恐い人が、鉄っちゃんのために……?
……一方的に恐がって嫌がって、悪いことしたな……今度菓子折り持って挨拶に行こう。

雛見沢の、北条の家。長いこと放置された家はさぞ酷い状態になっていることと思ったら。
「――あ、いらっしゃい!」
三角きんをつけた少年が、玄関先を掃きながら笑顔で出迎えた。
「……え、あ、こりゃどうもすまんわね……。」
「お邪魔します……。」
少年はアタシたちを家の中に入れると、奥に向かって声をあげた。
「みんな、来たぞーー!!」
玄関も、廊下も、奥の部屋の入口も、どこもかしこも綺麗だった。
そして、中に入ると――。
「……お、叔父様……っ。おかえりなさいませ、……ですわ。」
「沙都子……っ!」
埃一つない綺麗な居間。たくさんの料理がのせられているテーブルの前に、幼い少女が座っていた。
この子が、沙都子ちゃん……?
「律子さんも、はじめましてでございますわ。これから叔父様をよろしくお願いしますですわ。」
「ありがとう、沙都子ちゃん。……鉄っちゃん?」
「叔父様……?」
鉄っちゃんは、唇をぎゅっと噛み締め、真っ赤な目で、震えてた。
沙都子ちゃんに何か言いたくて、でも言えなくて。そんな様子がアタシにもよくわかった。
沙都子ちゃんにもそれが感じ取れたのか、まっすぐ鉄っちゃんを見つめて待っている。
ややあって。
「――鉄平、もう大丈夫なのです。何の心配もいらないのですよ。」
長い髪をさらりと揺らした女の子が、二人の間に入ってきた。
「葛西から連絡がきて、ボクからもお魎を説得したのです。
 もう『北条』を差別する人はいない。だからここでは何も不安がらなくていいのです。
 沙都子もボクから、……ボクたちから、色々お話してわかってもらったのです。
 鉄平。ここのお掃除も、お料理も……みんな沙都子がやったのですよ?
 もちろんボクたちも手伝いましたが、沙都子はとても頑張ったのです。」
慌ててまわりを見ると、この子の他に少女が三人。家の前にいた少年も、笑顔で頷いている。
「だから、――鉄平?」
「鉄っちゃん?」
「……叔父様?」
「――――ぐ、おぉう……っ!」
畳に両手をつく鉄っちゃんから、水滴がいくつもいくつもこぼれ落ちる。
「すまんかった沙都子……本当に、すまんかったわね……っ!!」
「叔父様……っ。わたくしの方こそ、叔母様にトラップ仕掛けたり、反抗したり、
 ……酷いこといっぱいしましたわ。」
小さな手が、鉄っちゃんの頭にそっと触れる。
「だから、おあいこですわ。……わたくしたちはこれからやり直せばいいのですから。」
「沙都子、さとこぉお……っ!!」
大の大人が、パンチで彫り物入った男が、身体を震わせて泣いている。
カッコ悪くて情けない光景かもしれないけど、アタシにはとても誇らしくカッコよかった。


「――ねえ鉄っちゃん。」
「んー……?」
ごろりと横になった鉄っちゃんを膝枕しながら。
「あのまま興宮にいたら、アタシたちどうなってたかな?」
「……だなあ、きっと気持ちがすさんで悪事に手を染めてたかもしれん。」
「だろうねぇ。アタシも鉄っちゃんもかなり追い詰められてたし。……そしたら、きっと。」
「ロクな死に方せんかったろうね。」
「うん。ホントにそう思う。……ここに来れてよかったよ。」
思えばあの夜の呟きは、アタシのSOS。
鉄っちゃんがそれに気付いて応えてくれたからこそ、今のアタシがいる。
人を憎んだり憎まれたりすることなく、生きてゆける。
そっと手を取ると、やさしく握り返してくれる。
「鉄っちゃん。」
「律子。」
「「……ありがとう。」」
二人同時に、呟いた。

「……さ、メシも食ったし、沙都子や梨花ちゃまが帰ってくるまでに洗い物済まさんとな。」
「うん。アタシも昼のうちに洗濯物干しとかなきゃ。7月にもなると量が増えるから回数増やさないとね。」
アタシと鉄っちゃん、沙都子ちゃんに梨花ちゃん。
時々詩音ちゃんや『部活メンバー』も遊びに来てくれる。
村の人たちも親切にしてくれるし、鉄っちゃんも賭けの一切ない健全な麻雀をしに行ったりしてる。
悟史くんは病気療養中だそうだけど、それでもだいぶ回復はしているのだという。
お魎さんにも会いに行った。ガチガチに緊張してる鉄っちゃんを見て、笑ってくれた。
村長さんは梨花ちゃんの保護者だけど、沙都子ちゃんと梨花ちゃんの気持ちを優先して、
ここに同居という形を許してくれた。
――新しい生活。
血の繋がりなんてないけど、それでもアタシたちは家族だ。

こうしてアタシたちがここにいるのは何かの奇跡かもしれないけど、
ここに居続け、みんなとの関係を築いてゆくのは努力も必要だ。
ここにいることを許してくれた人たちのためにも、自分自身のためにも、
頑張って生きてゆく。

――――ありがとう。








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