「*い夜。」


「鷹野さん、……いるのかい?」
僕は鷹野さんに呼び出されて深夜の診療所裏へと足を踏み入れた。
真冬の深夜の雛見沢はさすがに寒かったが、
女神にも等しい彼女の呼び出しには応えずにはいられない。
白い息を撒き散らしながらその愛しい姿を捜し求めた。
「……ジロウさん。」
――――いた。
月光に照らされて本当に女神のように神々しい鷹野さんが、僕に極上の笑みを向けてくれる。
「鷹野さ、…………っ!?」
なんだ?鷹野さんの周りに人影が、ひとつ、ふたつ……かなりの数だ。
「くすくす……ジロウさん。ちょっとおとなしくしてもらうわよ。」
「な……っ!?」
両脇から現れた男たちに拘束され、身動きが取れない。
「山狗……っ?これは一体…っ、」
「いやね、姫様のご命令とあっちゃ断るわけにはいきませんでね。勘弁してくださいや。」
「小此木……っ」
「くすくす。ジロウさん、怖がらなくていいのよ。おとなしくしてくれれば
 痛いことなんてちっともないんだから。」
「…………?」
鷹野さんの華奢な手が僕のこわばった顔に触れ、口を開かせる。
見かけによらぬ強い力で、口を閉じないようにつかまれた。
「がっ……、」
これは……舌を噛んで自害させないためか?
――5年目の祟りは起こらなかった。
研究も順調に進み、鷹野さんも祖父の研究が認められると喜んでいた。
今までの犠牲者たちには気の毒だが、研究が実を結べばけっして無駄にはならないのだ。
鷹野さんは祖父のためにも、研究の犠牲になった者たちのためにも頑張るのだと、
確かにそう言っていた。
そんな彼女に一体何があったというんだ…?
山狗まで使ってくるからにはそうとうまずいことをやらかすつもりに違いない。
そしてそのためには、僕の存在が邪魔なのだ。
「ぐ……っ」
本気を出せば、とりあえず拘束からは逃れられる。
しかし目的がわからない以上、下手に動くわけにはいかない。
これが上からの命令で、鷹野さんはそれに従って動いているだけなのだとしたら、
ここで僕が逆らったら鷹野さんの身に危険が及ぶかもしれないのだ――!
「……ジロウさん。見て。」
「………………っ!!」
月を背にした鷹野さんの手に、異色の液体の入った注射器が光る。
まさか、それは……?でもそれはもう処分したはずじゃ……?
「お気付きですかい?……こいつを味わっていただくんでさ。」
ひやり。冬だというのに背筋を嫌な汗が流れる。
「ああおあうっ!……ああお……っ!」
彼女の名を呼ぼうにも、固定された口からは情けない声しか出てこない。
だから僕は鷹野さんの名を心で呼んだ。彼女の瞳を見つめて、全身全霊で訴えた。
「くすくす。私が怖い?裏切られたと思ってる……?」
「ぐ、……うぅ……」
僕は信じるぞ。鷹野さんが何をしようと、それは間違ってなんかいないんだ。
今度はきっと間違えない。僕はいつでも君の側にいる。だから――!

ぴゅうっ。
「――――――っ!?」
開けさせられたままの僕の口の中に、生暖かい感触。
そして、ちょっぴりほろ苦くも甘い味が広がってゆく――。
拘束が解かれ、口を固定する鷹野さんの手も離れた。
「……どう、ジロウさん。鷹野三四特製のビターチョコのお味は?――くすくす。」
「…………っ。」
僕はそうとう間抜けな顔をしていたのだろう。
「今日が何の日か忘れちまったんですかい?2月14日。……バレンタインデーですぜ?」
小此木の助け舟に、山狗たちもにやにや笑いだす。
「あ、あはは……なんだ、ビックリしたなあ……。」
「くすくす。これくらいの刺激がないと平和すぎて退屈でしょ?――みんなご苦労様。
 みんなの分のチョコレートも診療所に用意してあるから先に行って。
 入江先生が紅茶を入れてくださってるはずよ。」
鷹野さんの指示でぞろぞろと診療所へと向かう山狗たち。
最後に小此木が軽くウインクしながら手を振ってきたので、僕もそう返してやった。
『ご・ゆ・っ・く・り』
口元がそう動くのが読み取れた。
「――まったく、人騒がせだなあ。」
「うふふ、ごめんなさいジロウさん。でも……ありがとう。」
「え?……あ……、」
『私を……信じてくれて』
しっとりとした温かい唇が触れる。
ほろ苦くて甘い、チョコ味のキスだった。







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