髪と姉妹と少年と。

「魅音はさ、どーしてあんな風に髪束ねてるんだろうな。」
「――似合うしかぁいいからレナは好きだな。……だな。」
放課後の教室で、俺はレナと何気ない話をしていた。
………何気ない話のはずだった。魅音が教室に入ってくるまでは。

「なあにー?二人しておじさんのウワサ話なんかしてー。おじさんのこと気になるのかな?」
「わあ、圭一くんてば、そーなんだー☆」
「――ば、ばかっ違うよっ!
……ほ、ほら、魅音はこんなに男らしいのに、なんで髪の毛長くしてるんだろーなって…」
「――圭一くんっ!」
「――――あ……」
「ふーーーん……そっかぁ……。おじさんに長い髪は似合わないのかぁ。」
「み、魅ぃちゃん……っ、」
「―――み、魅お、」
魅音の瞳が、妖しく光る。
どこを見ているのかわからない、けれどすべてを見透かされるようなそんな瞳で。
カタン……机の中から光る刃物を取り出し、構える。
「あはは………あは、あはは………」
―――こ、殺される……っ!
――――。
笑顔のまま、その瞳から涙を溢れさせながら、一歩一歩俺に近付く。
「――ダメ……魅ぃちゃん、ダメぇっ!!」
「――――――っ!!」
じゃきんっ!
「!!」
ばさ。………ふぁさっ。
緑の束が落下する。
そこから水中花のように広がって、――床に、落ちた。
「コレなら文句ないでしょ?ねえ、圭ちゃん……。」
魅音の手から、力なく鋏が離れ、散らばった髪の毛の上に、落ちた。
鋏の代わりに鞄を手にし、そのまま魅音は去っていった――。

ただ呆然とする俺を尻目に、レナは散らばった髪の毛を拾い集める。
「―――圭一くん。」
背中を向けたまま、けれどものすごい重圧感を感じさせながら、レナは小さく呟く。
「――ねえ、レナは魅ぃちゃんのポニーテール、すごく好きだったんだよ?
あんな風に振舞ってるけど本当は誰よりも女の子らしい魅ぃちゃんをそのまま現してたから。
圭一くんだって、わかってたんでしょ?」
走るたび、笑うたび、結び目から軽やかにしなって流れる緑。
――犬の尻尾みたいで可愛かった。
「――ああ、わかってた………わかってる。」
俺、なのになんであんな言い方…。
「――もどして。」
「――――え?」
目の前に髪の毛の束を突き出されて一瞬戸惑う。
「――ねえ、元の魅ぃちゃんに戻してよ!元通りにしてよ!あんなの魅ぃちゃんじゃないよ!
それとも圭一くんが自分の頭につける?『女らしい』圭一くんにはよく似合うかもよ?」
泣くしかできなかった、自分を犠牲にするしかできなかった魅音の代わりに、
レナが俺を叱ってくれている。
言葉はきついが、これは悪いことは悪いと叱ってくれるレナなりの優しさなのだとわかってる。
「―――……ごめん。」
「レナに言われても嬉しくないよ。」
「うん、わかってる。」
「髪は女の命なんだよ。どれだけ魅ぃちゃんを傷つけたかわかってる?」
「―――ああ。」
「返事は『はい』だよ。」
「――――はい。」
「ちゃんと謝って、圭一くんの本当の気持ちを話してあげて。嘘は嫌だよ?」
髪の束を渡し、優しく微笑む。
「明日は笑顔の二人に会えることを、信じてるよ。………るよ?」

髪の束を紙にくるんで鞄に入れ、魅音を探して走り回った。
家にも行ったが、インターホンに出てきたお手伝いさんの話では帰ってきていないようだった。
――話し振りからして、嘘ではないようだ。
梨花ちゃんと沙都子のところにもいなかった。……ちくしょう、魅音はどこだ…?
こんな時、魅音が行くような場所くらい、どうしてわからないんだ……っ!
仲間だろ?大切な親友だろ?
……いや、それ以上に大切な存在だってわかってるんだろ前原圭一!
クールになれ……考えるんだ……。魅音にとって辛い時頼れる相手は…?

「けーーーいちゃんっ」
道端にしゃがみ込んで考え込む俺の背後に、声が降る。
ふぁさ……っ。声に続いて流れ込んでくる長い髪の束。ポニーテールの、房……。
「………詩音か。」
「――え?………あれ?どーしてわかったんですか圭ちゃん?」
魅音と同じように髪を束ねていた詩音が、髪を結い直しながら不思議そうに俺を見る。
「………会えばわかるよ。――でも、どこにいるかわからないんだ。」
「………どういうことですか?」


「――お姉、来てる?」
隠れ家のマンションのドアを慌しく開けると、奥の部屋で泣き声が。
………やっぱり。葛西に開けてもらったんだね。そして人払いをして篭ったと。
「………詩音………っ。」
あーあ、涙でぐしゃぐしゃ。髪の毛もばさばさで、とても見ちゃいられないよ。
「………お姉。……こっちに来て。」
暖かい飲み物を飲ませ、蒸しタオルで顔を拭く。
ざんばらに切られた髪を、せめて綺麗に整える。
「……うん、ショートも可愛いよ。なんたってこの私と同じ顔なんですからね。」
「………詩音とは違うよ。」
「お姉………」
「詩音は長い髪が女の子らしくて綺麗だよ。……私は、ダメ。」
「………魅音、」
「魅音は、お姉だよ……っ。魅音は詩音を演じられても、詩音は魅音にはなれないの…っ!
私は魅音にも詩音にもなれないの……これは『あの時』の罰だね……、
ごめんね、ごめんねお姉えぇ………っ!」
きゅうっ、と。胸が痛む。私の中にかつて芽生えた『鬼』が、この子にも産まれてしまうの?
―――それは、ダメ。
「お姉、」
「違う……私は、お姉じゃ、ない……っ。」
………見ててね悟史くん。私だって勝てたんだから、この子だって『鬼』に勝てる。
私は『詩音』として、『魅音』を正しい道へ導く。それが私の役目だから。
「――いいえ、お姉です。悟史くんが私を『詩音』と思ってくれたように、
圭ちゃんにとってお姉は『魅音』です。それを否定されたら、私も哀しいです。」
「お姉ぇ……っ。……でもダメ、圭ちゃんは、私のことなんて……っ!」
「――しっかりしなさい、園崎魅音!!」
突然の喝にびくんと身体を震わせ、私を見る。
――よく見ておきなさい、これが『園崎魅音』の頭首たる威厳。
『けじめ』の時に私をあんなに怖がらせたお姉よりも凄いでしょう?
……どんなに辛くても、これからはお姉がこれを体得するの。付け焼刃じゃダメ。
それがお姉の『けじめ』なんですからね。
「………ここで私が髪を切って身代わりになったら満足する?ううん、後悔するでしょう?
『私のせいで、お姉が、また私のせいで……っ!』そう自分を責めるでしょう?
もうお姉は魅音なの。魅音として生きるしかないの。
私が詩音としてしか生きられないように、魅音は魅音なの。」
「うっく………おね……っ、………詩、音………っ」
「………魅音。」
――そっと、胸に抱き寄せる。『あの時』目覚めた『鬼』を魅音が鎮めてくれたように。
「詩音としてやり直すなんてダメです。圭ちゃんは今までのお姉を大切に思ってくれてるのに、
それをなかったことにするなんて勿体ないです。」
「詩音………っ。」
「髪の毛はいずれ伸びます。それとおんなじ。魅音としてやり直せばいいんです。」
「ごめんね………ありがとう、詩音……っ。」
「あーあ、また涙で顔ぐしゃぐしゃにして。美人が台無しですよお姉。」
もう一度タオルで綺麗に拭く。ちらりと壁時計を見る。――そろそろかな。
インターホンの音。……うん、いいタイミングです。

「お姉、出てください。宅配便ですから。」
「………へ?私が?」
「アポなし訪問してきたんですから、それくらいはしてもらいます。」
「うーーー。わかったよぉ。」
……うん、元気出たみたいだね。
「はーい、ご苦労様です………って、圭ちゃんっっ!?」
「悪いっ!ごめんっ!本当に申し訳ないっ!!」
こっそり覗くと、いきなり圭ちゃんが土下座かましてた。……うんうん、偉いね圭ちゃん。
「け、圭ちゃん………っ、」
「――俺、本当は魅音のポニーテール好きだったんだ。すごく似合うって思ってたんだ。
なのになんか素直に言えなくて……って、小学生か俺っ!」
「………………ぷっ。」
「――わ、笑うなよ。………いや、笑ってくれ。魅音は笑顔も似合うから。」
「圭ちゃん………っ」
――おー、圭ちゃんってばなかなかやりますねぇ。
「すいませーん、宅配便屋さん、お届けものはまだですかあ?」
「しっ、詩音っ!見てたのっ?」
「詩音……っ。『――園崎魅音さんにお届けものです。』」
「――へ?な、何……?」
差し出された箱に戸惑い、慌てて開けるお姉。

――黄色いリボンの形をした、小さな髪留め。

「圭、ちゃん……っ、」
「髪が伸びたらまたポニーテールにしてくれるか?それまで、これを使って欲しい。」
「圭ちゃん………ありがとう、ありがとおぉ……っ。」
あーあ、また泣いちゃったよ。
圭ちゃんも真っ赤になって困ってる。
正直ちょっと妬けるけど、応援したげるよ。
……なんだかね、二人がうまくいけば、私も悟史くんにもう一度逢える気がするから。








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