飴恋(あまごい)。


「♪」
昼食後、魅音は自分の席で美味しそうに何か食べていた。
頬杖をつきながら、机の上の飴玉をにまにま見つめてる。
「――お!魅音、いいモン食ってるな!一個もーらいっ!」
素早く手に取り、包装紙の中身を口に放り込む。口いっぱいに広がる甘い味。
「え?あ……っ、」
夢から覚めたように顔を上げ、俺を呆然と見つめてくる。
「ん?ろした魅音?」
「……あ……う、ううん」
あれ?これってひょっとして……。
「圭一くん、それ、最後の一個……」
「魅音さんのお返事を待たずに口に入れるなんて意地汚いですわー!」
「今のは圭一が確実に悪いのです」
「あー……す、すまん魅音」
「ううん、いいんだよ。ちょっとビックリしただけだし、一人で食べてたおじさんが悪いんだからさ。それにね、」
カバンの中から小さな巾着袋を取り出し、中身を俺に見せ付けてくる。
「……ね?ちゃんと最後の一個は取っておいてあるんだよ」
「……あ、この飴……」
「うん。詩音から貰ったんだよ。お弁当作ったのは詩音だけど、一応おじさんづてで返ってきたお礼だからって、
 いくつか分けてくれたんだよ」
そう言いながら、飴玉を丁寧に巾着袋に入れ、カバンに戻した。
「ふーん……」
「――あ、『詩音』って、前に言ってた魅ぃちゃんの妹さんだね?早くレナも会いたいなあ☆」
「どんな方なんでしょう?楽しみでございますですわー!」
「みー、きっともうすぐ会えるのですよ。にぱ〜☆」
「え、えっと……、詩音はさ、離れて暮らしてるし、おじさんと違って忙しいからね〜。時間取れるかわかんないよ〜?」
慌てふためきながら『詩音』について話し始める魅音。
沙都子は興味しんしんで食いつき、梨花ちゃんは満面の笑みをたたえ、
レナは魅音をいたずらっぽく見つめながら質問を重ねている。
魅音は答えに詰まると俺に助け舟を求めるようにおどおどと視線を向けるが、
下手に俺が答えるとかえってボロが出そうだから適当にはぐらかしておいた。

『詩音』か……。わざわざいるはずもない双子の妹になりきって、俺のために色々してくれる。
とっても女の子で、可愛くて。――でもそれは『詩音』であって、今俺の目の前にいる魅音じゃない。
これでいいのかな……。口の中で、飴が溶けて消えていった。甘い後味だけを残して。


「えーっと……その、………災難だったみたいだね。…あははははは」
「う、……う〜……ん…」
「……大丈夫。魅ぃちゃんもすぐいつも通りになるから」
『だから今はそっとしておいてあげて』
そう言い残して、レナは魅音の元へ行ってしまった。

詩音は実在した。俺が詩音のふりをした魅音だと思っていたのは、本当の詩音だった。
不良から助けてくれたのも、あの弁当も、詩音だったのか……。

――あれ?
詩音が俺に弁当を差し入れてくれたのは、俺が帰宅してそんなに経ってない頃だ。
詩音は興宮に住んでいる。俺が昼食抜きだと知るには、魅音に話を聞くしかない。
魅音に話を聞いて、弁当を用意して興宮から俺の家まで来るにはかなり時間がかかるはずだ。
でも魅音は放課後まで俺たちと一緒にいたわけで――。
なら少なくとも弁当は、あの弁当だけは魅音の手作りに違いない。
『……お姉がカレーの時、黙って圭ちゃんのご飯、取っちゃいましたよね?
…悪ふざけが過ぎるとお姉、ついやり過ぎちゃうんです。決して悪気があったわけじゃ…、』
そうだ。そうだよ。詩音は魅音のことをあんな風にかばったりしない。
『あはは、お姉ったら容赦ないですね〜、ま、部活ですもんね。ご愁傷様です』
本当の詩音なら、きっとこんな風にさらりと答える。
おもちゃ屋での魅音とのやり取りでその手ごわさとしたたかさはうかがい知れたからな。
それに思い出せ圭一。弁当のお礼を言った時の嬉しそうな笑顔を。
飴玉は詩音にだと言った時のちょっぴり残念そうな顔を。
そしてあの時、飴玉を幸せそうに見つめていた魅音の顔を――。

「来たか、魅音」
「あ……圭ちゃん。急に呼び出したりしてどうしたの?」
翌日。本当にいつも通りになっていた魅音を、校舎裏に呼び出した。
「あのさ、――これ」
「へ?こ、これって……」
魅音は戸惑いながらも差し出された包みをそっと開く。
「圭ちゃん、これ……!」
「ああ、飴玉だ。こないだ一個食っちまったし、それにさ、」
「ふえ……な、なぁに圭ちゃん……?」
「あの弁当は、魅音が作ってくれたんだろ?――美味かった。ありがとうな魅音」
「………………っ!!」
慌てて包みで顔を覆うが、みるみる赤くなる頬と泣きそうな笑顔はしっかり瞳に焼き付けた。
「ち……ちちち違うよっ!?おじさんはおじさんだもんっ。詩音みたいな女の子じゃないもん……っ!」
顔を隠したまま、ムキになって否定してくる。
「ははは、わかったわかった。サンキュー、魅音」
ぽん。そっと頭を撫でてやると、魅音はそのまま固まってしまった。
「…………魅音?」
「…………ぁぅ、ありがとう圭ちゃん……」
「お礼を言うのはこっちの方だろ?ホントに腹ペコだったからすごく嬉しかったんだぜ?」
「そうじゃなくて、その……。これ、私にって……詩音じゃなくて、わたしに……ありがとう」
消え入りそうな声だったが、俺にはハッキリ聞き取れた。
「魅音もさ、ちゃんと女の子だよ」
「…………え?」
「俺は鈍いからさ。さりげない優しさや女の子らしさに気付けなかったんだ。
レナの言ってた通り、魅音はちゃんと女の子なのに。――ごめんな」
「圭ちゃん……!」
顔から外した包みを、しっかりと胸に抱きしめる。
その表情は、今まで見たどの表情より可愛く、女の子だった――。

「♪」
昼食後、魅音は自分の席で美味しそうに飴を舐めていた。
レナも沙都子も梨花ちゃんも、その様子を嬉しそうに眺めてる。
「はぅ〜、魅ぃちゃんよかったね、……たね☆」
「今日の魅音さん、なんだかとても可愛らしいでございますですわ☆」
「めでたしめでたしなのです。にぱ〜☆」
魅音に何があったかは知らないまま、魅音の幸せを喜んでくれている。
「みんなにもあるぞ、――ほら!」
バララッ……。別の包みから大量の飴玉を机の上にぶちまけた。
「ふぇ……おじさんにだけじゃなかったの〜?」
「圭一くん……」
飴を含んだままむくれる魅音と、何か言いたげなレナ。
「大丈夫だよレナ。……魅音のは特別なんだぜ?みんなのはメロン味だが、魅音のはイチゴミルク味だ。
 『女の子』の味なんだからな?」
「…………うん!」
途端にぱあっと笑顔になる。こういうところもちゃんと女の子だ。
「圭一くん。……よかった。ちゃんと自分で気付けたんだね。
――さ、梨花ちゃん、沙都子ちゃん、私たちも一緒に食べよう☆」
「お言葉に甘えていただきますですわ〜!」
「みぃ〜☆ボクもお呼ばれするのですよ☆」
「よし、俺も一つもらうとするか!」
むぐむぐむぐ。みんなで至福の表情で飴玉をほおばる。
甘い。
ふと目をやると、魅音はずっとこっちを見つめていたようだ。
「ぁぅ……」
途端に真っ赤になってうつむく魅音。なんだかちょっとくすぐったかった。
俺と魅音との間も、この飴玉みたいにほんの少しだけ甘いものに変わるだろう。
――そんな気がした。








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