あれから。


「それにしても魅音、あの時は無茶しやがったな……茜さん、本気だったんだろ?」
「うん。母さんは本気だった。本気には本気で立ち向かわないとね。
 おじさんがあれくらいできなくて、どうして沙都子を、みんなを救えるかってね。
 ――怖かったけどね、さすがに。」
あのとんでもない大騒ぎも、俺たちの間では笑い話になった。
……羽入のことは俺以上に梨花ちゃんがショックだったようでしばらく寂しそうだったが、
『わかったの。羽入を見ることができなくても、羽入はちゃんとここにいるって。
 そう感じるの。だからもう大丈夫よ圭一。……ありがとう』
ある日穏やかな笑顔でこっそり打ち明けてくれた。……もう大丈夫だろう。
沙都子も目覚めた悟史とともに村中に受け入れられ、くすぐったそうにしている。
詩音はそんな二人のそばで本当に嬉しそうに微笑んで。
レナは父親との新しい生活を、幸せでたまらないって顔でいきいきと過ごしている。
魅音は学力に難はあるが、それでも将来に向けて勉強を頑張っている。
――あの時。魅音が茜さんや園崎の婆さんの前で見せた次期頭首としての姿を、
俺は忘れない。
「委員長」を背負ったくらいでいい気になるなよ前原圭一。
学力なんかよりもっと大事なものを魅音は持っていたのだから。

「魅ぃちゃん、傷は大丈夫?……跡になったりしてないかな、……かな?」
「うん。それは心配ないってさ。こういう鋭い刃物の傷ってのはね、結構きれいに
 くっつくもんなんだよ。……元々たいしたケガじゃなかったしね。」
「さすがレナさんはどこかの誰かさんと違って気遣いが細やかでございますわねー!」
……そうだった。無事かそうでないかそのことだけに気を取られて、
傷跡のことなんて考えもしなかった。
「みー。ここで気の利いた言葉でもかけて、株をでーんと上げるのですよ。にぱ〜☆」
「――――え、うーーーーん……。」
じーーーー。
レナが。沙都子が。梨花ちゃんが。そしてちらちらと魅音が、期待に満ちた瞳で俺を見る。
気の利いた……って言われてもなあ。
「ま、まあそのなんだ、傷が残ったら残ったでいいんじゃないか?詩音と入れ替わっても
 区別がつきやすくていいだろうし。それに……」
はーーーーーーーーーー……。
言葉の続きを、ため息のハモリがかき消した。
「圭一、それをまた聞くとは思わなかったのですよ。」
「圭一くん、女の子にとって傷跡が残るか残らないかは一大事なんだよ?
 跡が残らないってわかるまで、魅ぃちゃんはきっとすごく不安だったと思う。」
「まったくもってレナさんの言う通りでしてよ。圭一さんの株価大暴落ですわー!」
「まーまー、いいよいいよ。実際傷跡は残らなかったんだしさ。」
あきれる梨花ちゃんと真面目に怒るレナと沙都子を、意外にも魅音はあっさりたしなめた。
「――でも圭ちゃん。次の罰ゲームは覚悟しときなよぉ?……くっくっ!」
……おどけた口調と裏腹に、その瞳は笑っていなかった。
「ちょっと待て、まだ続きが……」
「あはは、圭ちゃんってば相変わらずですねー。」
詩音の奴、一部始終聞いてやがったな?
にまにま笑いながら悟史とともに俺たちの中に加わってくる。
「お、詩音。いいとこに来たね〜。……どう?圭ちゃんへの罰ゲーム、一緒に考えない?」
「うんうん。詩ぃちゃんも一緒に圭一くんをお持ち帰り〜☆」
「にーにーも一緒にやりましょうですわ!こないだの仕返しをたっぷりなさいませ〜!」
「にぱ〜☆詩ぃならきっと、えげつない罰ゲームをいっぱい考えてくれるのですよ☆」
「そりゃあもう、お姉なんかと違ってとびきり素敵な罰ゲームで皆さんを楽しませて
 差し上げますよ〜☆」
「詩音ー。そりゃちょっと聞き捨てならないよ〜?
おじさんの罰ゲームだってとびっきりなんだから〜。」
「おいおい、ちょっと待てちょっと待てっ!これ以上話を大きくするんじゃないっての!」
「あはは、楽しそうでいいね。」
「悟史も止めてくれ……。」
みんなと一緒にひとしきり盛り上がってから、詩音が俺を振り返った。
「――ねえ圭ちゃん。もう圭ちゃんは私とお姉が入れ替わっても区別がつくでしょう?」
「ああ……そうだったな。」
そうだ。なぜかはわからないが、俺はいつの間にか魅音と詩音の入れ替えを
見抜けるようになっていた。
おもちゃ屋の前で詩音の入れ替わりに気付いた時は我ながら驚いたが、
今では二人の区別はちゃんとつく。
魅音と詩音を、ちゃんと見分けたかった。でないときっと後悔する。
――いや、後悔してきたから。
「圭ちゃん何気にすごいよねー。あたしらの入れ替えを気付く人なんてそういないのにさ。」
「……でもね圭ちゃん。私はもうお姉と入れ替わることはないと思うんです。
 その必要もありませんしね。――って、きゃっ☆」
悟史はにこにこしながら詩音の頭を撫でている。
「も、もう……なんですか悟史くん……。」
「あはは。――ねえ圭一。さっきの話、続きがあったんじゃないのかな。」
「――――――あ、」
悟史は俺の言いかけていた言葉をちゃんと受け止めてくれていた。
さすが本物のにーにーだな……。
「――あら、そうでございましたの?いいですわ。にーにーに免じて、
 続きを聞いて差し上げても構いませんですわよ?」
「圭一くん、ごめんね。レナたち邪魔しちゃったんだね。……だね。」
「圭一。ふぁいと、おーなのです。」
「ふーん……あの後どんな言葉が続くのか、おじさん楽しみだなあ。」
だから魅音、瞳が笑ってないって……。
「――いやその、たいしたことじゃなかったんだが……。たとえ傷跡が残ったって、
 俺は別に構わないぜって、ただそれだけ言いたかったんだ。
 ……傷があってもなくても魅音は魅音に変わりないわけだし、さ。」
しーーーーん……。
カナカナ……カナカナ、カナカナ……。
ぷしっ。
ひぐらしの声だけのなんともいえない間を、レナの鼻血がぶち破った。
「ははははぅ〜☆圭一くんてば、それってすっごい殺し文句だよぉおおおお〜☆」
「圭一さんてば、どこでそんな恥ずかしい言葉を身につけられたんでございますのーーっ!」
「圭一も成長したのです。にぱ〜☆」
「ん〜、圭ちゃんってばなかなかやりますね〜。」
「あはは、株が暴落しないでよかったね圭一。」
「お、おう……委員長は伊達じゃないぜっ!……なあ魅音?」
「………………。」
「――――魅音?」
「………………っ、」
ぷっしゅーーーーーーーーっ!
「うわぁっ!?」
「みみみ魅音さんが沸騰しましたわーーーっ!!」
「はぅ〜、真っ赤な魅ぃちゃん、かぁいいんだよぉ〜〜☆」
「大丈夫ですかお姉?今タオル冷やしてきますから……!」
「うんうん、詩音も看護師さんっぽくなってきたね。」
「魅ぃは真っ赤でぷしゅーでめろめろなのです☆」
顔から蒸気が噴き出さんばかりに真っ赤になってへなへなと座り込む魅音を囲んで、
みんな大騒ぎ。
悟史と梨花ちゃんだけはマイペースで笑ってた。

――見てるか羽入?
俺たちがつかみとった幸せは本当にささやかだ。
今までと大して変わりはない。
はたから見たら悟史が加わっただけで何も変わってないように見えるだろう。
だけど、それでも俺たちにとってはかけがえのない最高の世界だ。
そうだろ羽入?

『もちろんなのですよ。あう☆』

――と、梨花ちゃんと目があった。
「にぱ〜☆」
……きっと梨花ちゃんにも聞こえていたのかもしれないな。







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